今日はいつにも増して暑いです。
耳澄ますと、セミの鳴き声が。
外に出ると、揺らめきたった陽炎が。
空を見上げると、燦々と輝く太陽が。
全身から汗が噴出してきて、やる気が全く沸いてきません。
だからこんな暑い日は、とっても大変です。
でも、そんな私の心を知ってか知らずしてか、小山田先生が特別にお休みをくださいました。
ご依頼人が今日に限っていなかったことも幸いしたのですが、私にとっては久しぶりの休日です。
だから今日は、たまった宿題を一気に片付けようかなぁ……なんて考えてたところに、やってきたのが瑠奈ちゃんでした。
なんでも私を連れて行きたいところがあるとかで……
私も正直言って宿題をやる気があんまりなかったから、瑠奈ちゃんについていくことにしました。
タイミングよく遊びに来てくれたアンジェラと、暇を持て余している様子だったケラさんも一緒に。
そして私達は今、瑠奈ちゃんに連れられて『下町』に来ています。
アンジェラは物珍しそうに辺りをキョロキョロと見回して、なんだか落ち着かない様子。
やっぱり珍しいのかなぁ？
それにしても瑠奈ちゃん……どこまで歩くつもりなんだろ？
「ここだよ」
ふと、瑠奈ちゃんは一軒のお店の前で足を止めました。
「ここ……って……」
私達はそのお店をマジマジと見つめます。
そこは駄菓子屋さんでした。
「さ、入った入った」
瑠奈ちゃんは店の中へと入って行きます。
「あっ、待ってよ」
私達も瑠奈ちゃんの後を追うようにして店の中へと入って行きます。
駄菓子屋さんの中は銀玉鉄砲や、ボンボンアイス、それにベーゴマやメンコと言った、古い物が沢山置かれてました。
「このお店……何？」
アンジェラは不思議そうにお店の中を見回します。
「このお店は駄菓子屋さんって言うんだよ」
「駄菓子屋？」
「庶民的なお菓子を売ってるお店のことだよ」
「ふーん……それじゃあこれ、食べられるの？」
アンジェラは酢イカのついた串をビンの中から取り出します。
「う、うん……」
「そうなんだ……」
アンジェラは物珍しそうに酢イカを観察すると、何を思ったのかパックリと食べてしまいました。
「ああっ！？」
「……酸っぱい」
「それは酢イカだから酸っぱいのは当たり前だよ……って、そうじゃなくって、ちゃんとお金払わなくちゃダメだよぉ！！」
「そうなの？」
「そうなの！！」
「……ゴメン」
アンジェラは申し訳なさそうに頭を下げます。
はぁ……私だってそんなことしないのに……
「まあまあ。ユメもアンジェラも、コッチに来て座れや」
いつのまにかケラさんが、お座敷に上がって腰掛けています。
「ケラの旦那の言うとおり。さあさあ。上がって上がって」
ケラさんの隣に座っている瑠奈ちゃんも、私達に座るよう催促をします。
「う、うん……それじゃあ」
「…………」
私とアンジェラは、ケラさん達の向かい側に座りました。
私達とケラさん達の間には、とても古そうな鉄板が置かれています。
ひょっとして……
「ここで、何か焼いて食べるの？」
アンジェラが私も思った疑問を口にしました。
「その通り！」
瑠奈ちゃんが大きく頷きます。
「ひょっとして……それを私達に食べさせたくて、ここに来たの？」
「ユメさん、いい勘してるねぇ」
瑠奈ちゃんは腕組みをしながら、うんうん頷きます。
「ユメさんもアンジェラさんも、東京に来た以上は『文化』って言うものに触れておかないとねぇ」
『文化？』
同時に答えた私とアンジェラの声が、重なり合います。
「そうそう。東京と言えば江戸。そして江戸と言えば下町！下町と言えば『もんじゃ焼き』！！」
「モモンガ焼き？」
アンジェラは眉をひそめ、訝しげに聞き返します。
「アンジェラ、『モモンガ焼き』じゃなくて『もんじゃ焼き』だよ。モモンガをこんな鉄板の上で焼いたりしたらかわいそうだよ」
私は慌ててアンジェラの言葉を訂正します。
「……それで、一体どんな食べ物なの？」
「うーんと……お好み焼きみたいなもの、かなぁ？」
私は曖昧な答えをアンジェラに返します。
実は私も、もんじゃ焼きって言うのは食べたことってないんだよね。
でも、何もこんな暑い日に食べなくてもいいと思うんだけど……
「ユメさんもアンジェラさんも、やっぱり江戸にいる以上は『庶民の味』『下町文化』っていうのに触れておかないとね。異文化交流って言うのは、基本中の基本だから」
「というわけで、俺はスポンサーらしいから」
「ケラの旦那、期待してるよ。小山田の旦那からお給金沢山貰ったんだろ？ケチケチすると、江戸っ子の名が泣くよ」
「はいはい。わかってますって」
嬉しそうにしゃべる瑠奈ちゃんの隣で、ケラさんが苦笑しています。
なんだか悪いような気がするけど……せっかくのケラさんの好意、無駄にしちゃ悪いかな？
「お、来た来た」
そうこうしていると、おばあさんがもんじゃの材料を持ってやってきました。
「それじゃあ、遠慮しないで食べてくれ」
「は、はぁ……」
私は困惑しながら返事を返します。
これ……どうやって焼くんだろう？
「ユメ……これどうやって焼くの？」
「え……えっと……私もよくわからないんだ。あはは……」
案の定きたアンジェラの質問に、私は笑ってごまかします。
「ユメさんもアンジェラさんも、私やケラの旦那のやり方をよく見ておくれよ」
瑠奈ちゃんは慣れた手つきでもんじゃを焼き始めます。
「そうそう。魔法使うときのようにちゃんと心を込めて作ってくれよ？」
「えっ？あ、は、はぁ……」
「いやぁ、でもユメの手料理が食べられるなんて、オーナーに悪いことしちゃったかな？」
「も、もぅ！！ケラさんってば！！」
ケラさんのとんでもない言葉に、ちょっとビックリしてしまいます。
手料理かぁ……これって手料理っていえるのかなぁ？
まぁ、おいしければ何でもいいよね。
……あれ？
気がつくと、アンジェラがじーっとさっきの酢イカの入ってたビンを眺めています。
「なんだ？気に入ったのか？だったら後で俺が買ってやるよ」
「……ありがとう」
アンジェラはちょっと嬉しそうな表情を作ってボソッと答えます。
もっとはっきり言えばいいと思うんだけど……まぁ、私も人のこと言えないかな？
そして私達は、瑠奈ちゃんに誘われたもんじゃ焼きパーティーを楽しむことになりました。
