ミューのアトリエ〜自由気ままな天才職人〜

「マリーいる？」
　その日、ミューがマリーの工房を訪ねると、生憎目的の人物の姿はなかった。
「おっかしいなぁ……どこ行っちゃったんだろ……？」
　ミューは辺りを見回しながら中へと入る。
　工房の中は気持ち悪いくらいに綺麗に片付いていて、新築されたばかりの家のようであった。
「珍しいこともあるもんだねぇ……」
　ミューは物珍しそうに辺りを窺っていると、ふと、机の上に何かメモのようなものを発見した。
「なんだろ？」
　ミューはそれを取り上げて読んでみる。
『旅にでます　捜さないでください』
　それはごく短く、かつ明瞭なわかりやすい文章であった。
「ありゃりゃ……マリーってば、逃げ出しちゃったのかな？」
　ミューは苦笑するしかなかった。
　身辺整理をしてから旅にでる……行方不明者がよく使う手だ。
　しかしミューは話に聴いたことはあっても、実際に目の当たりにするのは初めてだった。
「まぁ、マリーのことだから心配はないと思うけど……そんなに思いつめてたんならあたしに一言相談してくれてもよかったのに」
　ミューはため息をついた。
「おーい！マリーいるかー？」
　とその時、ハレッシュが工房の中へと入ってきた。
　ミューはとっさにメモを後ろに隠す。
「なんだ？ミューがどうしてこんなところに？」
「あ、あはは……ちょっとマリーに留守番頼まれちゃって」
「留守番？」
　ハレッシュは訝しげな表情を浮かべるが、すぐに元の表情に戻って、ミューに尋ねてくる。
「まぁ、それなら聞くが、俺の頼んでおいたフラム、どうなってるか知らないか？」
「フラム？あ、ああ。材料が足りないって、今採取に行ってる最中」
「あっ、なるほど」
　ハレッシュは納得したように、手をポンとたたくと、思案気な表情を浮かべた。
「しかし困ったなぁ……そうなると。うーむ……」
「ねえハレッシュ。あと４日、待ってもらえないかな？」
　ミューの口から、自然とそんな言葉が出た。
「４日か……厳しいなぁ……」
　ミューの申し出に、ハレッシュは渋い表情で考え込むが、瞳を開けると頷いた。
「わかった。でもそれ以上は待てないから、ちゃんとマリーに伝えといてくれよ？」
「おっけい」
　ハレッシュはミューにそれだけ告げると、工房を出ていく。
　途端に工房の中は静けさを取り戻した。
「さて……と」
　ミューはマリーの残した書置きを丸めてゴミ箱の中へと入れると、本棚に目を見やった。
「マリーにはいつもお世話になってるし、困ったときはお互い様だよね」
　そして、調合の本を手に取ると、ゆっくりとページを開く。目的のページはすぐに見つかった。
「へぇ……フラムってこう作るんだ？これならあたしにも作れそうかな？」
　書いてあることを一通り読んで、自分でも作れると確信したミューは、マリーの代わりにハレッシュのフラムを作ることを決心した。
「まあ、なるようになるんじゃないかな」
　ミューは本をテーブルの上におくと、早速調合の準備に取り掛かった。
「まずは……疲れを取るための物を作らないとね」
　そしてミスティカの葉を用意する。
「あれ……ミスティカティってどーやって作ったっけ……？確か……ミスティカの葉とシャリオミルク、それに祝福のワインだったような……」
　ミューはいろいろと思い出そうとするが、すぐにやめた。
「ま、いっか。テキトーで」
　ミューは自分の思いつくままに材料を調合していく。
　そして出来上がった物は、なんとも不思議な色をしたミスティカティであった。
「さーて味はどんなものかな……」
　ミューは一口それを飲んでみた。
「…………！！」
　ミューの表情がどんどんほころんでいく。
「おいしー！！」
　そして歓喜の声を上げた。
「なーんだ。あたしもやればできるじゃん」
　ミスティカティの味に自画自賛すると、それを瓶に入れてコルクで封をし、机の上に並べておく。
　次にミューは、フラムの製作に取り掛かった。
「えーっと……」
　ホントにらめっこしながら、ミューは調合する材料をそろえていく。
「これは……これくらいでいいかな？あっ、これも入れたほうが面白そう」
　しかし、教科書通りというわけではなく、かなりアバウトなやり方であった。それでもミューなりに一生懸命に調合していく。
　１日、２日、３日……時間は飛ぶように過ぎていった。
　そして４日目。
　ミューはついにフラムを完成させた。
　何とか外見だけは普通のフラムと見比べても遜色ない。
「で、できた……」
　目の下にクマを作ったミューは、嬉しそうに微笑む。
「おーっす。マリーいるかぁ？」
　ちょうどハレッシュが工房の中へと入ってくる。
「あっ、ハレッシュ。フラム、できてるよー」
　ミューは先程完成させたばかりのフラムをハレッシュに渡す。
「はい。頼まれてたフラム」
「おっ。サンキュー！マリーによろしく伝えておいてくれ」
　ハレッシュはお礼を言うと、足早に工房を出てく。
　入れ替わりにナタリエが駆け込んできた。
「マリーいる！？頼んでたミスティカティなんだけど……」
　ナタリエはそう言って、テーブルの上におかれている瓶に目を留めた。
「なーんだ。ちゃんとできてるじゃないの。瓶に入れちゃったりしてるけど」
　ナタリエはそれを全部持掴む。
「え？あ、それは……」
「マリーにお礼を言っておいてよ、ミュー。それじゃ！」
　そしてミューの言葉も聞かずに、ナタリエは工房を飛び出していってしまった。
「ありゃりゃ……」
　まるで嵐のような展開に、ミューは呆然とする。
「……まあ、いっか」
　しかしすぐさま気持ちを切り替えると、自らも宿場へと戻っていった。

「ふわぁ〜……たっだいまぁ〜」
　それから数日後のこと。
　ちょっとしたトラブルに遭遇し、監禁状態にあったマリーが戻ってくると、そこには信じられない光景が広がっていた。
　ゴミの溜まり場と化していたはずの工房が、綺麗に片付いているのだ。
「シアが掃除でもしてもくれたのかな？」
　マリーが不思議に思いながら道具を一つ一つ確かめる。それらにはつい最近使われた痕跡があった。
「誰だろ？あたし以外に……イングリド先生かな？」
　マリーは不思議に思いながら、三角フラスコを天にかざしてみたりする。
「あーあ、ハレッシュやナタリエ、怒ってるだろうなぁ……」
　そしてマリーは、深くため息をついた。
「こーんにーちわー」
　その時、ミューが工房へと入ってきた。
「あっ、ミューちゃん。おっひさしぶりぃ」
　マリーは返事を返した。
「どうしたの？元気ないみたいだけど」
「それがね……ちょーっとトラブルに巻き込まれて戻ってこれなくて、ハレッシュやナタリエから頼まれてた物作れなかったから」
　マリーは力なく笑った。
「ああ。フラムとミスティカティでしょ？」
「そうそう。やっぱもう……噂になってる？」
　マリーはため息をついた。
　しかし、ミューは首を横に振る。
「噂になんかなってないよ」
「へっ？それじゃあどうして知ってるの？」
「あたしが代わりに作っといてあげたから」
　ミューの言葉に、マリーはピタッと固まった。
　そして恐る恐る聞き返す。
「今、なんて……」
「だから、あたしがマリーの代わりに作っといてあげたよ」
　ミューはトンと自らの胸をたたく。
「あああああっ！！」
　マリーは頭を抱えた。
　ミューは錬金術師ではなく冒険者である。
　いくら落ちこぼれの錬金術師とはいえ、自分よりも優れたものを一般人が作れるとは、マリーには思えなかった。
　再び、ハレッシュとナタリエが頭に角をはやし、口から火を吐きながら工房に乗り込んでくるイメージ図が頭の中に思い浮かんでくる。
「そんなに喜んでくれなくってもいいよ。困ったときはお互い様だから」
　ミューはニコニコしながら言葉を返した。
「ミューちゃん……ありがと……」
　マリーはミューに力ない言葉でお礼を述べる。
「マリーいるぅ！？」
　その時、ナタリエが工房の中へと駆け込んできた。
「やっぱしいいいいいい！！」
　マリーは想像通りの展開に、小さな悲鳴を上げる。
「ちょっとマリー！！」
　ナタリエは今にも掴みかからんばかりの迫力で、マリーに詰め寄った。
「ご、ゴメン！！」
　マリーはナタリエに両手を合わせて頭を下げる。
「何言ってるの？」
　しかし、そんな態度のマリーにナタリエはキョトンとなった。
「あたしは、あのミスティカティすっごくおいしかったから、一体どーやって作ったのかお礼もかねて作り方聞きに来たんだけど？」
「えっ？」
　予想外の展開に、今度はマリーがキョトンとなる。
「おい！！マリーいるか！？」
　すると今度はハレッシュが工房の中へとはいってきた。
「ああっ！今度こそ怒られるー！！」
　マリーは再び小さな悲鳴を上げる。
　ハレッシュはずかずかと、マリーに近寄ってきた。
「おいマリー！！なんだあのフラムは！？」
「ご、ゴメンなさい！！アレはその……」
「？何謝ってるんだお前？」
「へっ？」
「俺は、メガフラム以上の爆発力を持ったフラムを作ってくれたことを、お礼しに来たんだが……」
「ええっ！？」
　ハレッシュの言葉に、マリーは素っ頓狂な声を上げる。
　もはや錬金術師としてのプライドはズタズタに引き裂かれていた。
「マリー、ありがと」
「マリー、サンキュ」
　二人の言葉がまるでナイフのようにマリーの心に突き刺さる。
「違う……違うのよ……」
「え？」
「違うって？」
「そのアイテム製作したのって……あたしじゃなくってミューなのよ……」
　マリーは力なくそう言う。
「えーっ！？」
「ウソだろ！？」
　ナタリエとハレッシュは信じられないといった表情でミューを見た。
「あ、いや、その、なんていうか……マリーが困ってたみたいだったから……ははは……」
　突然真相を暴露されたミューは照れ笑いを浮かべる。
「でも、同じ物作れって言われても、多分無理だろうけどね」
「えっ？」
「どうして？」
「だって、テキトーに作ったから」
　ミューのそっけない言葉にナタリエとハレッシュの動きが止まる。
「でもまぁ、期間限定の『ミューのアトリエ』だったけど、何とか無事に成功してよかったよ」
　ミューは嬉しそうに微笑んだ。
　そのすぐそばでは、マリーが無言のままいじけ続けていた。