ミーンミンミンミンミンミンミン……

　喧しいほどに合唱を続けるセミのコーラス隊に、カンカンに地表を照り付ける真夏の太陽。今年は例年以上の酷暑が猛威を振るい、ダウンする者が続出していた。
　野球の練習中に倒れる者、部屋に閉じこもっていて脱水症状になる者、砂浜で遊んでいて気分が悪くなる者――
　そしてここにも１人、酷暑の犠牲者がいた。
「あっついよぉ〜」
　ホテル『パールピアリ』のラウンジで、るちあは独り、ソーダアイスを咥えながらへばっていた。
　波音とリナは買い物、にこらとタキは所用で、ヒッポもどこかへ行っていないために留守番させられているのだが、流石にこう暑くては何もやる気が起きない。
「大体、こんな暑い時にエアコンが故障するなんて信じらんなーい」
　不満を言ったところでどうにもならないのだが、それでもるちあは不満を言わずにはいられなかった。
「……仕方ない。とりあえずお風呂にでも入ってくるかな」
　るちあがそう意を決して身を起こそうとした、その時。
「たたたたたた、大変ですぅ〜！！」
　どこかへ出かけていたヒッポが、血相を変えてパールピアリへと戻ってきた。
「大変でするちあさーん……って、なんて格好してるんですかー！！」
　そしてるちあを見るなり、怒鳴りだす。
「いいじゃないヒッポ。暑すぎて何もやる気でないんだからさ」
「よくありません！！なんですかその行儀の悪い格好は！？少しはマーメイドプリンセスとしての自覚を持ってください！！」
「もぅ、ヒッポってばうるさすぎ。わかったわよ」
　るちあは身を起こし、椅子の背もたれに寄りかかる。
「で、何？大変なことって」
「あっ、そうでした」
　ヒッポは手に持っていたチラシをるちあに見せる。
「これですよ、るちあさん」
「えーっと……『マーメイドプリンセス真夏のコンサート』……って、何これ！？」
　るちあはヒッポからひったくるようにチラシを奪い取ると、食い入るようにチラシを見た。
　そのチラシには簡単な宣伝文句と、るちあ、波音、リナの３人がドレスアップしてマイクを持って歌う姿が描かれており、開催日時、場所が記されている。
「あたしこんな話聞いてない！これってどーゆーこと！？」
「わ、わたしに聞かれても困ります！わたしだってこのチラシを貰って慌てて帰ってきたんですから」
「それじゃあ、一体……」
　テーブルの上にチラシを置き、るちあとヒッポは二人難しい顔をして考え込む。
「大変よー！！」
　そこへ、買い物に出かけていた波音とリナが、慌てた様子で戻ってきた。
「大変よるちあ！こ、これ！！」
　そしてヒッポが持ってきたものと同じチラシをるちあに見せるが、テーブルの上に置かれたチラシの存在に気がつくと、少しつまらなそうな顔になった。
「なぁんだ。もう知ってたのね」
「うん。さっきヒッポがね」
　るちあは再びチラシに視線を落とす。
「でも、誰が一体こんなことを……」
「……ひょっとしたら水妖の罠、かもな」
　リナがポツリと呟く。
「いいえ、それはないと思います」
　しかしヒッポが、即座に否定した。
「どうしてそう言いきれるの？」
「それはですね、このチラシを受け取った時、ユーリさんが……はっ！？」
　るちあの質問に答えていたヒッポが、慌てて口をつぐむ。
「はは〜ん」
「ふふ〜ん」
「ほほ〜う」
　途端にマーメイドプリンセス達の視線が、好奇の眼差しへと変わる。
「まさかユーリとデートしてたとはね〜」
「どうりで朝からそわそわしてたわけだ」
「で、どこまで行ったんだ？」
「え、えっと、その、あの……そ、そんなことより、このチラシのことをですね」
「そーんなこと言ったって」
「あたし達、誤魔化されないわよ？」
「さっ、素直に吐け。それともカツ丼でもないと言えないか？」
「い、いい加減にしてください！！」
　るちあ達の冷やかしに、ヒッポが真っ赤になって怒鳴りつける。
「わたしのことよりも、今はこっちの問題の方が重要です！！」
　そしてテーブルの上に置いてあったチラシを取ってバシバシ叩いた。
「わかった、わかったからヒッポ。そんなに興奮しないで」
　るちあが仕方ないなぁといった様子で、ヒッポをなだめる。
「でも、水妖の仕業じゃないとなると一体……」
　リナは顎に手をあて考え込む。
「フッフッフッフッフッ……」
　と、その時、波音が全てを悟ったかのように声を上げた。
　波音はいつの間にかコートを着こんで帽子をかぶっている。
「謎は全て解けたわ」
「波音さん、いつのまに着替えたんですか？っていうかその格好暑くないですか？わたしにはそっちの方が謎なんですけど……」
「ふん！！」
　波音はヒッポに肘鉄を食らわせ、ヒッポをダウンさせる。
「で、謎が全て解けたって？」
　るちあは改めて波音に尋ねた。
「これよ！！」
　波音はチラシに描かれているある一文を指差した。
「えーっと……『主催：ＢＢＳ』……これがどうかしたの？」
「もぅにっぶいなぁ。主催者が英語三文字とくれば、テレビ局しかないでしょ！！」
『テレビ局ぅ！？』
　るちあとリナは揃って驚きの声を上げる。
「そうよ」
　るちあとリナの態度に、波音の口はますます滑らかになった。
「これはきっと、あたし達の活躍が認められて、ついにテレビで放送されることになったのよ。ああ、ついにあたしも全国デビューなのね！」
「私達に相談も無しにかぁ？」
「それはきっと、ドッキリか何かなんじゃない？それか、現地交渉とか。あたし達に連絡しようと思っても、連絡とりようがないわけだしさ。それにしても、テレビ局も結構強引な手を使うのね」
「うーん……なんだかすっごく無理があるような……」
「無理なんかない！絶対間違いないって！！」
　波音は自信満々に言い切る。
「とにかく、この会場に行ってみれば、全てがはっきりするわ」
「行くって？留守番は？」
「そんなのヒッポに任せればいいじゃない」
「あっ、そっか」
　るちあはのびてるヒッポをみて、手をポンと叩いた。
「ふっふっふっ……この名探偵波音様の目を欺こうったってそうは問屋が降ろさないんだから。マーメイドプリンセスの名にかけて！この事件はあたしが絶対解決して見せるわ！！」
「事件って……」
「ダメだ……波音の奴、完全に舞い上がってる」
　独り燃え上がる波音を横目に、るちあとリナは溜息をつく。
「ちゃんとギャラは出るのかしら？ギャラが入ったら太郎ちゃんとあーんなことやこーんなこと……」
　一方、波音の妄想はますます暴走していくのであった。

　開催地に指定されている砂浜特設ステージに三人が駆けつけると、既に溢れんばかりの人、人、人で埋め尽くされていた。
　ステージの中央にはマイクが３本セットされている。
「うわぁ……すっごい人。さっすがテレビ局が絡むと違うわねぇ〜」
　もはやテレビ局が一枚かんでいると信じて疑わない波音が、感嘆の溜息を漏らす。
「でもどうするの？」
「決まってるじゃない。歌うの！今日は記念すべき全国デビューの日よ！？」
「いや、まだそうと決まったわけじゃ……」
「と・に・か・く！変身するわよ！！」
「う、うん……」
「わかった……」
　波音の迫力に押されて、るちあとリナは頷く。
　そして三人は、人目につかないよう海の中へと入った。
「ピンクパールボイス！」
「水色パールボイス！」
「グリーンパールボイス！」
　真珠の力で三人のマーメイドプリンセス達が、人魚の姿からドレスアップした人間の姿へと変わっていく。
「さあ、行くわよ！」
「うん！」
「了解！」
　はりきる波音に、るちあとリナは頷いた。

　特設砂浜ステージに突如治して光の柱が立ち上る。
『うぉぉぉぉぉぉぉっ？』
　ざわめく観客。
　そして光の柱が消え、３人のマーメイドプリンセス達が姿を現した。
『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！！』
　ざわめきが一瞬にして、歓声へと変わる。
「みんな、おまたせー！！今日は精一杯歌うから、みんなも応援よろしくねー」
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！！』
　るちあの言葉に、観客はより一層ヒートアップした。
「それじゃあまずは、あたし達の代表曲『Ｌｅｇｅｎｄ ｏｆ Ｍｅｒｍａｉｄ』をお聞きください！！」
　大歓声に気をよくしたるちあ達は、それぞれマイクを握って歌を歌おうとする。
「オーッホホホホホホホホホホホ！！」
　突然、そんなるちあたちを邪魔するかのように、不快感を与える高笑いが割り込んできた。
「誰！？あたし達のコンサートの邪魔をするのは！？」
　るちあ達はその笑い声のする方角を振り向いた。
「まさに飛んで火にいるマーメイドプリンセス。おバカさんたちですこと」
「ほーんとだよね。シスターシェシェ」
「ブラックビューティーシスターズ！！」
　るちあ達は驚きの声を上げ、とっさに身構える。
　シェシェとミミは、客席から天高く飛び上がり、るちあたちと対峙した。
「これはあなたたちの仕業なの！？」
「そうよ。今日こそマーメイドプリンセス達に引導を渡すためのね」
「あなたたちが握っているマイクは、どんな美声でも音痴に変えてしまう優れものよ。しかも５曲くらい歌わないと手から離れないって言う。まぁ、元々音痴なあんた達には必要ないかも知れないけど、念には念を入れろってね」
「なんですってぇ！？
　シェシェとミミの言葉に、るちあ達は慌ててマイクを離そうとすうが、まるで接着剤でくっつけられたかのように、マイクが手から離れない。
「あのエロペンギン！何が水妖の罠じゃないよ！！」
　自分のことを棚に上げて、波音はヒッポに怒りの矛先を向ける。
「マーメイドプリンセス！今日こそ覚悟してもらうわよ！！」
「今までの恨み、存分に晴らしてやるんだから！！」
　シェシェとミミも、マイクを構える。
「ちょっと待ったー！！」
　すると突然、場違いな威勢のいい声が飛び込んできた。
　５人は一斉にその方角を振り向く。
　そこには、少し小太り気味の、中年の男が立っていた。
「なによアンタ？」
「私はジャス○ックの者です」
　シェシェの言葉に中年の男は恭しく頭を下げる。
「で、そのジャス○ックの者がどうしたって言うのよ？ひょっとしてマーメイドプリンセス達を助ける気！？そんなことは……」
「いいえ」
　ミミの言葉が終わらないうちに、その中年の男は否定の言葉を口にする。
「実はですね、あなたたちが歌おうとしている曲はジャス○ックの管轄下にあるので、著作権料を払っていただかないと困るんですわ」
『はぁっ！？』
　中年の男の言葉にシェシェとミミは顔を見合わせると。途端に笑い出した。
「あっはははははははは。突然何を言い出すのかと思えば」
「ほーんとだよね、シスターシェシェ」
「ジャス○ックだかカスラックだか知らないけど、マーメイドプリンセスともども地獄へ送ってあげるわ！」
「あの世であたし達に逆らったことを、後悔することね」
『イッツショータイム！！』
　二人は呼吸を合わせて歌いだそうとする。
「ピーーーーーーーーーーーッッ！！」
　すると中年の男は甲高いホイッスルの音で、強引に歌うのを中止させた。
　そして怖い目つきでブラックビューティーシスターズを睨みつける。
「ジャス○ック法第４条により、これより強制代執行を行う」
　そして通年の男が右手を静かに上げると、突然浜辺に檻つきの大型トラックが入ってきた。
　さらに客席から数人の男が飛び出してきて、シェシェとミミを捕まえる。
「えっ！？」
「ちょ、ちょっと！？」
　そしてあっという間にブラックビューティーシスターズは檻の中へと入れられる。
「ちょっと！？一体どういうつもり！？あたしたちをどこへ連れて行こうっていうの！？」
「こんなことして、唯で済むと思ったら大間違いなんだからね！」
　騒ぎまくるブラックビューティーシスターズに、中年の男は近寄ってボソボソっと何かを囁く。
　するとブラックビューティーシスターズの表情がドンドン青ざめていき、さらに騒ぎ出した。
「い、いや！！それだけは絶対！！」
「だ、出して！！ここから出して！！」
「……行け」
　男の呟きに、トラックが発進して、砂浜を爆走していく。
『助けてー！！』
　やがてブラックビューティーシスターズの悲鳴は、トラックの姿と主に消えていった。
「あ、あの……どんなことをおっしゃったんですか？」
　流石に彼女たちの異様な様子に不安を覚えたるちあが、中年の男に質問する。
　すると中年の男はニコニコしながらるちあたちに近づいてきた。
「なーに。身を切り売りするか、タコ部屋にいれられるか、マグロ漁船に乗せられるか、ソープに沈むのがいいか、好きなの選べって言っただけですよ」
「身を切り売りする！？」
「タコ部屋に入れられるぅ！？」
「マグロ漁船に乗せられる！？」
『ソープに沈む〜！？』
　最後の言葉は三人の声が重なる。
「ええ。何でしたらあなた達もどうです？あなたたちが歌おうとしていた曲もジャス○ックの管轄曲ですので、著作権料払っていただけない場合は強制代執行となりますが……」
「い、いいえ！！遠慮しておきます！！」
　るちあ達は首を横にブンブンと振る。
「そうですか。それではコンサートはお開きということで」
　いつのまに拡声器を握っていた中年の男が、会場の人間にその旨を伝える。
　観客達はつまらなそうな顔をして、客席を立ち、あっという間に人がいなくなってしまった。
「それでは。次のコンサートの時は、どうぞ著作権の支払いも」
　中年の男はそれだけ言い残し、颯爽とさっていく。
「な、なんだったのあれ……」
「さぁ……」
「まるで嵐のようだったな……」
　残された三人の間を、ピュウッと浜風が吹き抜けていった。