「はい、それじゃあこれを着てもらおっかな」
「へっ？」
　その服を渡された途端、クマトラは目を丸くし、素っ頓狂な声を上げた。
　川に流され行方不明になったダスターを探し、世界中を駆けずり回って早数年。
　ついにダスターの居所を突き止め、急いできたものの、当の本人は『タメキチ』と名前を変え、能天気にアフロのヅラをかぶり、バンドなんか組んでベースを弾いていたりする。
　オマケに記憶喪失とあっては、無理やり連れ出すわけにもいかない。
　とりあえずクマトラはここ、チチブーの劇場にもぐりこみ、様子を窺うことにしたのだが……
　いきなり渡されたお水系の衣装には、流石に目を白黒させるしかなかった。
　男勝りなクマトラ姫は、生まれてこのかた、こんなお色気系の服を身につけたことはなかったのである。
「あ、それから言葉遣いは、最後に必ず『うっふん』とつけること。いいね？」
「わ、わかりました」
「わかりました『うっふん』でしょ！？」
「わ、わかりました、うっふん」
「もっと色っぽく」
「はい、わかりました。うっふん」
「そうそう、そんな感じ。なかなかいいよ君」
　次々チェックが入るこわーいオーナーの要求に、クマトラは懸命に答えていく。
「（クッソー！なんでオレがこんなことしなきゃいけねーんだ！）」
　心の中で吼えても、ダスターが昔の記憶を忘れてしまっていては仕方がない。
「それじゃあ、明日から頼むよ」
「わかりました。うっふん」
　クマトラは部屋を出ると、そこへちょうどダスターが通りかかった。
「あっ……」
「おー、君か。新しく入った新人っていうのは」
「えっ？」
「ここの仕事は厳しいけど、君ならきっとできるって俺は信じてる。そうだ。いい物をあげよう」
「へ？」
　ダスターはクマトラの様子などお構い無しに、色紙にペンをすらすらと走らせると、クマトラに渡した。
「俺のサインでも、お守りになるかもしれないから。苦しくなったらそれを見て初心に帰るといい」
「ちょ、ちょっと……」
「おっと。俺はもう行かなくっちゃ。メンバー待たせるのは悪いから」
　ダスターはクマトラにサインを押し付けると、その場を立ち去っていく。
「バッキャローーーーーーー！！」
　クマトラはそのサイン色紙をぺしゃんこに折り曲げると、ゴミ箱の中へと捨ててしまった。
「なんでオレがこんなことを……」
　出てくるのは溜息ばかり。しかし目の前にダスターがいる以上、様子を窺うしかない。
　こうしてクマトラ姫のながいながーい社会勉強が始まったのであった。