翌日、わたしと駿河さんは学校の調理室へと向かっていた。
　結局駿河さんの麻雀特訓コーチを引き受けることになってしまったが、当然わたしにはそんな知識も技量もない。
　ならば、他人の力を借りよう。
　そこで思いついたのが、鏑木さんだ。
　鏑木さんなら天才的頭脳をもって、駿河さんを強くしてくれるに違いない！
　問題は、麻雀のルールを知っているかと言うことだが……まぁ、その時はその時だ。
　幸い、今日は横須賀女子海洋学校に来校しているらしく、調理室にいるようなことを和住さんが教えてくれた。
　ならばこれ幸いとばかりに、お願いすることにしたというわけだ。
「失礼する！　ここに鏑木さんがいると聞いてきたのだが……」
　ドアをノックし、そのまま開ける。
　そしてわたしは目を見開いた。
　鏑木さん、杵崎姉妹、伊良子さん、等松さん、それに納沙さんの主計科メンバーが、エプロン姿で何やら生地の型抜きをしていた。
「……何やってるんだ？」
　思わず質問してしまう。
「ヤだなぁシロちゃんってば。ミカンちゃん、あっちゃん、ほっちゃんにお菓子作りを教えて貰っていたんですよ。あとでシロちゃんにもわたしの作ったクッキー、食べさせてあげますね」
　納沙さんが代表して答えてくれる。
「お菓子作り！　いいなぁ……」
　その言葉に反応する駿河さん。
　いや、お菓子を食べに来たわけじゃないから。
　わたしは軽くため息をつく。
　それにしてもお菓子作りか……
　主計科は見えないところで、こうやって努力していたりするんだな。
　どうせなら麻雀ではなく、こういう方面で頑張って貰いたいものだ。
「ところで宗谷さんと駿河さんは、どうしてここに？」
　等松さんが不思議そうに聞いてくる。
「ああ、ちょっと鏑木さんに、相談事があって」
「相談？」
　鏑木さんがコテンと首を傾げる。普段見慣れない姿のせいか、なんだかかわいい。
　いや、そうじゃなくて。
「ああ、実は……」
　昨日押しつけられた、もといお願いされた駿河さんの麻雀特訓について、鏑木さんに相談してみる。
　しかし話を聞き終わった鏑木さんは、困惑しているような表情を浮かべた。
「すまないが、私は力になれそうもない。麻雀のルールを知らないからな」
「そうだよなぁ……」
　ある程度想定していたこととはいえ、ついため息をついてしまう。
　すると、杵崎さん（姉）が口を開いた。
「駿河さん、麻雀の特訓をしたいの？　だったらあの人が最適じゃないかなぁ」
「ああ、あの人なら確かに適任かも」
　杵崎さん（妹）も相づちを打つ。
「あの人って？」
「えっとね。うちのお店の常連さんなんだけど。あ、常連って言っても、年に数回、通販とかでお店のお菓子を注文してくれる人なんだけどね」
「今度の休みに横須賀に来るらしいから、もし駿河さんがよければ、お願いしてみよっか？」
「よろしくお願いします！」
　杵崎さん姉妹の話に、駿河さんは大きく頭を下げる。
　どうやら、駿河さんの麻雀特訓の目処は一応ついたようだ。
　とりあえず、最低限の約束は果たせそうだ。
「それじゃあ、話もまとまったところで。宗谷さんと駿河さんも、これちゃんと着用してね」
　そんなホッと一息入れようとしたわたし達に、伊良子さんがエプロンを手渡してくる。
「これは？」
「折角だから、料理の勉強、一緒にやろうよ」
「えっ……」
「えっ！？　いいの！？　やったー！」
　絶句するわたしとは対照的に、駿河さんは喜びの声を上げる。
　いやマテマテマテ！
　わたし達は麻雀の特訓に来たわけであって、料理の特訓に来たわけじゃないぞ！？
　そんな心の叫びもむなしく、わたしと駿河さんは強制的に料理勉強会に参加させられることになったのであった。
　はぁ……ツイてない……