主計科の料理特訓から解放されたわたし達は、その足で音楽室へと向かっていた。
「楽しかったね！　宗谷さん！」
「ああ、そうだな……」
　駿河さんは楽しそうにしているが、わたしは既にクタクタだ。
　手動の泡立て器であんなに泡立てさせられるとは……
　駿河さんが元気なのはきっと、お菓子のつまみ食いに励んでいたからだろう。
　「サクラ達にも持って行かないとね！」とか言ってたし。
　っていうか、麻雀の特訓ではなく料理の特訓だなんて、何をやっているんだわたし達は！
　当初の目的を見失うなよわたし！
　……まぁ、済んでしまったことは仕方がない。今後は気をつけないと。
　さて、何故わたし達が音楽室に向かっているかというと。岬さんがそこにいるからだ。
　岬さんと言えば強運！
　とても真似できることではないが、それでも麻雀が強くなるためのヒントが何か隠されているはず！
　音楽室の前に着き、ふぅっと一呼吸おく。
　……よし！
「失礼します！」
　わたしは勢いよく音楽室の戸を開け、中へと入った。
　すると。
「「「「「「「「わたし達、航海♪　航海♪　後悔中〜♪　あなたの後悔なんですか！」」」」」」」」
　と、ものすごく聞き覚えのある言葉を口ずさまれ、８人の少女達から指さされる。
「え、えっと……ここに来たこと、かな……」
「「「「「「「「どうしてどうして？　わたし達♪　こんなに心配♪　してるのに♪」」」」」」」」　
「おー！　すごーい！」
　駿河さんは感嘆の声を漏らしながら拍手を送る。
　いや、確かに凄いとは思うが。突然振られてどう反応しろと？
　そんなことを見ながら、８人の少女を見る。
　左から順に内田さん、勝田さん、野間さん、山下さん、岬さん、知床さん、宇田さん、八木さん。
　そんな彼女達は、ノリノリな様子でわたしと駿河さんのことを見ている。
「……艦長達、何やってるんですか……？」
　わたしは率直な疑問を口にした。
「これはね、後悔ラップの練習、かな？」
「後悔ラップの練習？」
「そう。今度、間宮で開催されるパーティーの余興に航海科メンバーが招待受けたんで。赤道祭で受けがよかった後悔ラップでいいかなぁ、って」
　わたしの疑問に内田さんが答えてくれる。
「でも急に招待されたから、ちょっと焦っちゃったよね」
　と、宇田さん。
「私はうまく合わせられただろうか……？」
「わ、わたしも、ちゃんとできていたかなぁ……？」
「大丈夫ぞな。二人ともしっかり合わせられていたぞな」
「そうそう。二人とももっと自信持ってよ」
　心配そうにする野間さんと知床さんに、勝田さんと山下さんが安心するように答えを返す。
　っていうか、今のを等松さんが見たら、間違いなく発狂ものだな。
　当分黙っていることにしよう。
「それで、宗谷さんはどうしてここに来たの？」
　八木さんが質問してくる。
「ああ、実は艦長……岬さんに用があってな」
「へ？　わたしに？」
　岬さんは自分のことを指さす。
「実は……」
　主計科で果たせなかった駿河さんの麻雀特訓について、相談してみる。
　岬さんはウンウンと話を聞いていたが、次第に表情を曇らせていき、話を聞き終わる頃には苦笑いを浮かべていた。
「ごめんシロちゃん。わたし、麻雀のルールはよく知らないから、ちょっと力になれそうもないかも」
「そうですか……」
　この答えは想像していたので、やはりダメだったかと内心ため息をつく。
　岬さんの強運で鍛えて貰うというわたしの考えは、どうやら甘かったようだ。
「あ、でも」
　しかし岬さんは、思い出したかのように言葉を続ける。
「わたしの知り合いで麻雀とっても強い人がいるから、その人紹介してあげよっか？　今度の休みに横須賀に来るようなこと言ってたし」
　岬さんはそう言って、わたしを見る。
　……どこかでものすごーく聞いた覚えがある話なんだが……
　これは、断った方がいい流れなんじゃ……
「よろしくお願いします！」
　しかし、わたしが返答する前に、駿河さんが大きく頭を下げて承諾してしまう。
　……まぁ、本人がいいって言うならいいか……
「それじゃあ、話がまとまったところで」
　内田さんが列から離れて、ポンと手をたたく。
　すると、山下さん、勝田さん、宇田さん、八木さんが、内田さんと同じように列から離れた。
「宗谷さんと駿河さんは、歌う方に混ざってね。マッチ、岬さん、リンちゃんは歌う方で練習ね」
「ま、待て待て待て！」
　わたしは突拍子もなく決まった練習参加に、慌てて抗議の声を上げる。
「何故いきなりそうなる！？
「えー？　いいじゃん別に。減るもんじゃないしー。駿河さんもやってみたいよねー？」
　内田さんは駿河さんへと話を振る。
「よーし！　頑張るぞー！」
　そして肝心の駿河さんは。わたしの願いもむなしく承諾の返事をしてしまうのであった。
　はぁ……ツイてない……