「現実とは、コウも残酷で世知辛いモノナンダナ……」
　広くガランと静まり返った空間の中で、突拍子もなくエリスは大きくため息をついた。
「現実が世知辛いって？」
　新作ランスの品定めをしていたかりんが、おもむろにエリスを見る。
　ここは聖遼学園の金工室奥深くにある、エリスの秘密の工房。最終兵器同好会のサークル部屋も兼ねている。
　現在は放課後で、正確に言えば部活の真っ最中である。とは言っても、かりんは最終兵器同好会に加入してはいない。
　エリスに「新作のランスがある」と誘われ、たまたまここに来ていたりする。でなければ本来の部活を優先させているであろう。
　そんなわけで、ここには二人しかいない。だから、否が応でもエリスの意味深な言葉に反応してしまったりする。
「コレなんだゾ」
　エリスは自分が読んでいた本をカウンターの上に投げ出した。
　見る見るうちに本はエリスが読むのにちょうどいいミニミニサイズからＡ４サイズの本へと大きさを変えていく。
　緑色のハードカバーが施されたその本には、金刺繍で「姫騎士様と魔法使い」とタイトルが表記されていた。
「……この本がどうかしたの？」
「イヤァ、現実と空想に、あまりにもギャップがありすぎるゾ」
「？」
　エリスの言葉に、かりんは首をかしげる。
「ツマリダナ……」
　エリスは大きくため息をつくと、腕組みをしながらかりんを見た。
「本の中の姫騎士様は王様とチューまでしてメデタク結ばれるわけだが、現実の姫騎士様は、アイツにチューどころか毒料理を食べさせるために唯芽を実験台に……ハゥッ！？」
　途中まで言いかけてエリスは言葉を詰まらせた。
　神速の如き動作でかりんがエリスを握り締めていたのだ。その表情は完熟トマトのように紅潮し、恥じらいとも怒りとも屈辱とも取れるような、複雑な感情の入り混じった表情を浮かべて、エリスを睨みつけている。
「わ、悪かった。アタシが悪かったから！」
　エリスが必死に懇願すると、やや間を置いてかりんが手を離す。
　エリスは逃げるように宙に舞い上がると、肩で息をしたのち非難めいた眼差しでかりんを見た。
「マッタク冗談が通じない奴だな。そんなんじゃ、いつかアイツに逃げられるゾ？付き合ってるのに捨てられるなんて、女として情けないことこの上ないゾ？」
「わたしと牧村さんは付き合ってなんかいませんっ！」
　エリスの言葉に、かりんは間髪をいれず否定する。
　しかしエリスは、そんな言葉にニヤニヤしながら腕組みをして、かりんを見た。
「ソー思ってるのはかりん、オマエだけだゾ。唯芽もマリィも静乃も瑠羽奈も、みーんなオマエとアイツが付き合ってるって思ってるゾ。それにアイツだって」
「ま、牧村さんが！？」
　思いがけない言葉に、かりんは頬を赤らめる。
　そんなかりんを見て、エリスの表情がますますにやけついたものになった。
「アア。アイツがはっきり明言してたゾ。『俺はかりんと付き合ってるんだ』って」
「うう、嘘です！！」
「嘘なもんか。アタシは確かに、ハッキリこの耳で聞いた」
「い、いつですか！？」
　狼狽するかりんに、エリスは記憶を探るように人差し指をあごに当てると、宙を見上げながら記憶をたどった。
「エーット……イツだったかな？アレは……ソウ、確かかりんの中等部時代の白スクール水着の隠し取り写真をアイツに届けに……グエッ！！」
　言葉を終えないうちに、エリスは悲鳴を上げる。
　かりんは神速の如き動作でエリスを確保すると、先程よりも強い力でエリスを握り締めた。
「ギャー！！痛い！！痛いんだゾ！！体がチギレルー！！！」
「エーリースー！！」
「わわわ、悪かった！！謝る！！！金儲けの道具にオマエを使ったのは悪かったと思ってるから！！ダカラ離してクレ！！」
「うーっ……！」
　かりんは恨めしそうな声をあげた後、しばらく経ってからエリスを開放した。
「ハァハァハァ……マッタク酷いんだゾ。今日はせっかくプレゼントを用意したのに」
　エリスは肩で息をしながら、涙目でかりんを睨みつけた。