料理の講習ということで、３人は場所をエリスの工房から家庭科室へと移していた。
　実際に料理を作るため、ユメもかりんも、エプロンを身につけている。
　調理台の上には各種野菜や調味料などが既に用意されていた。
「かりん、オマエのために、今日１日だけ家庭科室を押さえてやった。感謝しろよな」
　エリスは恩着せがましく言う。
「あはは……ありがとう」
　それに対して、かりんは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「それでは、料理をはじめる前に、料理を作るための心構えのようなことを言っておきたいと思います」
　ユメは一回深呼吸をすると、優しく微笑みながらかりんを見た。
「魔法も料理も一緒です。『心を込めて』。そうすれば必ず、想いが伝わります」
「心を込めて、ですか？」
「そうです。彼氏にご馳走するからと言って、恥ずかしがってはいけません。何事も一生懸命に、が大切です」
　ユメの言葉にエリスがニヤついた表情でかりんに話し掛けた。
「聞いたか？かりん。オマエ彼氏にいつも遠慮してるから結果が伴わないんだゾ」
「ま、牧村さんは彼氏なんかじゃありませんっ！」
　かりんの言葉にエリスの表情はますますニヤつかせる。
「アレ？おかしいゾ？アタシはかりんの彼氏が『牧村功司』なんて、今一言もいってないゾ？」
「…………！」
　かりんは顔を真っ赤にし、表情を伏せる。そしてやや顔を上げて恨めしそうにエリスを見た。
「わたすも、神瞳さんと彼氏の仲がうまく行くように、精一杯頑張らせてもらいます！」
　ユメもにこにこしながらかりんを見る。
　かりんは困惑したように、ユメに言った。
「え、えっと、菊池さん、エリスに何を吹き込まれた知りませんけど、わたしと牧村さんはそんな仲じゃ……」
「美味しい料理を作るコツその２。自分に素直になること」
　ユメは右指でＶサインをつくって整然と言う。
「神瞳さん、ダメだよ？例え心を込めても自分を偽ったりしたら、魔法も料理も失敗しちゃうよ？」
「だ、だから、菊池さん、その……」
「ユメ、でいいよ」
　慌てふためくかりんに、ユメは落ち着いた口調で言う。
　かりんは一呼吸を置いて、恐縮した様子でユメに話し掛けた。
「あの、ユ、ユメさん。わたし……お料理が、上手に……作れるように……なれ……る、でしょうか？」
「それは神瞳さんの心がけ次第だと思うよ」
　ユメはにこやかに微笑む。
「エリスさんから聞いた限りだと、神瞳さんは料理にたいして臆病、っていうか自分の気持ちに対して臆病みたいだから」
「臆病、ですか？」
「そう。好きな人がいても自分の気持ちに対して素直になれないって言うか、心にガードをかけちゃうって言うか。だから結果的に、食材や食べる人の気持ちも考える余裕がなくなっちゃって、いつも失敗しちゃうんだと思う」
「食材や食べる人の気持ち？」
「うん。わたすの実家は岩手の遠野で、農家やってるから、野菜を作るのがどんなに大変か、よくわかるんだ。例えばこのたまねぎだって」
　ユメは調理台の上にあるたまねぎをひとつ手に取る。
「朝早く起きて水をくれて、雑草取り。その水だってくれ過ぎないように気をつけないといけないし、他のところには違う野菜が植えてあるから踏んだりしないように気をつけないといけないし。台風のシーズンが来たらビニールシートかけたりして。長い月日をかけて同じ作業を繰り返して、それでやっと収穫できるんだよ。だから、こういう野菜一つ一つには育ててくれた農家の人達の想いがいっぱい詰まってるんだよ。この野菜は誰が食べるんだろう。おいしく食べてくれるのかなって」
「…………」
「それを食べてくれる人に対してもそう。おいしく食べてほしい。どういうものが喜ばれるか。こういうの作ったら喜んでくれるって。だから、まずは自分に素直になるところから始めないとね」
　ユメの言葉に黙って聞き入っていたかりんは、おずおずと口を開いた。
「……あ、あの」
「なにか質問？」
「い、いえ、質問じゃなくって……よ、よろしくお願いします！」
　かりんは深々と頭を下げた。それを見てユメも言葉を返す。
「こちらこそ、よろしくね神瞳さん」
「あ、あの……かりん、で、いいです……」
「それじゃあかりんちゃん、頑張ろうね！」
「はい！！」
　かりんの表情からようやく硬さが取れる。
　そして２人の料理実習が始まった。