功司が目を覚ますと、真っ先に飛び込んできたものは、大粒の涙を瞳に浮かべたかりんの顔であった。
「牧村さん！！……よかった……よかった……」
　かりんは安心しきったのか、功司の目をはばかることなく涙を流す。
　その時初めて、功司はかりんが自分の右手を握り締めていることに気がついた。
「かりん……」
　功司も左手を添え、かりんの手をギュッと握る。
　そんな光景を、保健室のドアの隙間から覗いていた４つの目があった。
「これで……よかったんでしょうか？」
「マァ、アイツはオクテだからな。手を握れるようになっただけでも大進歩だゾ」
「そうなんですか？一時はどうなることかとドキドキしましたけどね」
「アタシもドキドキモノだったゾ。痺れ薬を混ぜるところまでは計画通りだったのに、それをかりんが食べるとは。しかも一番いいシーンで痺れ薬の効力を撥ね退けてアンナ行動とるとは、まさに想定外の連続だったゾ。デモまぁ、終わりよければ全てヨシなんだゾ」
「そうですね」
　４つの目――覗き見していたエリスとユメは一旦ドアから離れた。
「デモ、なんだか盛り上がりに欠けるんだよなぁ……演出がほしい」
　エリスは不満そうに呟く。
「演出？」
　ユメが不思議そうに尋ねる。
「アア。ここで紅葉のシーンとかあると最高なんだゾ。保健室で見つめ合う２人は、過去に何度もやってるからもう見飽きた。これ以上進展なさそうだし。ウーン……」
　エリスは難しい顔を作りながら低い唸り声を上げる。
「紅葉……ですか。わかりました」
　ユメは祈るようなポーズを取ると、小さく呟いた。
「心を込めて」
　指にはめられたリングが光り輝き、透き通った体のイルカが現れる。そのイルカは「クゥ〜」とかわいらしい鳴き声をあげながら気持ちよさそうに空中を遊泳し、保健室を包み込むように飛び回る。
　次の瞬間、功司とかりんの周りには、紅葉の風景が広がっていた。
「えっ！？」
　あまりの突然の出来事に、かりんも涙を止めて驚きの表情であたりを見まわす。そして木陰からこちらを覗き見しているユメとエリスの姿を見つけた。
　ユメとエリスは「頑張れ」と、まるで声援でも送るかのように、控えめに手を振っている。
　初めて第三者に見られていること、そして自分が功司の手を握り締めているとはっきり自覚したかりんは、頬を上気させ、手を離そうとした。だが、功司がしっかりと手を握り締めているため、手を離せない。
「あ、あの、牧村さん……」
「もう少し、このままでいたいな」
　かりんの言葉の途中で、功司は素早く返事を返した。
「……はい……」
　かりんもその言葉に、ギュッと握りしめる力を込める。
「紅葉、きれいだな」
「はい……」
「あの紅葉、かりんの顔みたいに真っ赤だよ」
「はい……」
　功司とかりんは、とりとめもない会話を交わす。
　そんな二人の様子を、ユメとエリスは温かい目で見守りつづけた。