視界が開けると、一面に草原が広がっていた。
　青々と生い茂った草花が、微風に揺られながら気持ちよさそうにダンスを踊っている。
「うわぁ……」
　舞波優希はその光景に思わず息を呑んだ。
　流れる車窓に映る風景は、優希の興味を引きつけるには十分過ぎるものだった。
「ここならいいスケッチができそう……」
「そうね。ホント、ほのぼのしてるわ」
　横に座っていた鈴科流水音も同じような感想を漏らす。
　一方、優希の向かいに座っていた霧城七衣は先ほどから無言でスケッチブックを手に、一心不乱に鉛筆やらコピックを走らせていた。
「何描いてるの？霧城さん」
　流石に気になった流水音がそう尋ねると、七衣はスケッチブックに視線を落としたまま答えた。
「えっとぉ……車窓に揺られ、流れる景色を眺めながらマスターのことに思いを馳せる、鈴科先輩と優希さんですぅ」
「ええっ！？」
「ちょ、ちょっと！！」
「はぃ、完成ですぅ」
　流水音と優希の声を他所に、七衣はいつもののほほんとした口調でニッコリ微笑むと、スケッチブックを裏返しにして描いていた絵を流水音達に見せた。
　そのＢ５の大きさのスケッチブックの中には、頬を赤く染めながら草原を眺める優希と流水音が描かれている。
「き、霧城先輩！！」
「ちょっと七衣ちゃん！何描いてるのよ！！ヤメテよね、もぅ！！」
「あらあら。あなた達、絵の通り顔が真っ赤よ？」
　七衣の横に座っていたエリザ・ノインテーターがクスクス笑う。
　優希と流水音は互いに顔を見合わせると、さらに顔を真っ赤にして黙りこくってしまった。
　４人は列車に乗って旅行をしている最中であった。
　目的地はエリザの知り合いが経営している牧場で、春休みということもあって特別に休みを貰った優希は、「どこか旅行にいかない？」と旅行の誘いをしてきた流水音と共に来ていたりする。
「まぁ、桐生君が来ていないのは二人にとっては残念だっただろうけど……そう言えば、男の人って言えばもう一人、もめてた人がいたわね」
　エリザが思い出したように笑いながら言った。
　優希はその言葉を聞いて、今朝の兄とのやり取りを思いだした。
「優希、本当に行くのか？一人で大丈夫か？」
「大丈夫よお兄ちゃん。鈴科先輩や霧城先輩、それにエリザ先生が一緒なんだから」
「あいつは？あいつは一緒じゃないんだろうな？」
「あいつ……って？」
「決まってるだろ？桐生真だ！！」
「えっ？あっ、き、桐生先輩は……」
「一緒なのか！？一緒なんだな！？おのれ桐生真……お兄ちゃんも一緒に行くぞ！！」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん！そんな恥ずかしい真似やめてよ！！桐生先輩は行きません！！」
「本当か？本当なんだな！？」
「桐生先輩はバンドの練習があるとかで来れないみたいで……」
「そうなのか……それなら安心だな」
「あーあ、なんで桐生先輩とお兄ちゃんって、こんなに仲が悪いのかなぁ。桐生先輩ってとっても優しくっていい人なのに……私、桐生先輩のこと悪く言うお兄ちゃんは嫌いになっちゃうかもしれないよ？」
「うっ……優希……お前……」
「お兄ちゃん、これからは桐生先輩と仲良くしてくれる？」
「……わ、わかった。優希がそこまで言うなら……これからは桐生と仲良くなれるよう、努力はしてみよう……」
「ホント？」
「ああっ……（ミクロン単位で、だけどな）」
「お兄ちゃん、何か言った？」
「あっ、イヤ、なんでもない、うん」
「変なお兄ちゃん。それじゃ私、行ってくるね」
「待て、優希」
「どうしたのお兄ちゃん？」
「ううっ……行かないでくれ優希……お兄ちゃんはお前がいない寂しさのあまり、食事が喉を通らず、涙が枯れはて、栄養失調と脱水症状をおこして死んでしまいそうだ」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん！変なこと言わないでよ、もぅ。一泊二日の旅行なんだから、すぐに帰ってくるから」
「約束だぞ優希？お土産なんていらないから、すぐに帰ってくるんだぞ？」
「うん。それじゃあ、行ってきまーす」
　舞波聖邪はまるで妹との今生の別れを惜しむかのような、悲しがりかただった。
「お兄ちゃん大丈夫かなぁ……」
　思わず聖邪のことが気になってしまう。
　ひょっとしたら、思い余ってワイバーンに乗って追いかけて来てるかも知れない。
　思わず優希は空を見上げた。
「あらあら？舞波さん、そんなにお兄さんのことが心配？」
　エリザが優希の考えを見透かすかのように尋ねる。
「えっ？は、はい……」
「大丈夫よ。彼はあなたのこと、本当に心配してるけどそこまで過保護な人間じゃないから。ちょっと度が過ぎてるような気もするけどね」
「それを言ったらエリザ先生だってそうじゃないですか」
　流水音が苦笑しながら言った。
「本当はあたしと優希ちゃんの二人旅になるはずだったのに……」
「あら？そんなこと、この私が認めると思って？」
　エリザは悪戯っぽく笑った。
「あなた達は未成年なんだから、そんな事この私が許すハズないでしょ？だからこうして保護者として付き添いで来てるんじゃないの」
「それはそうですけど……」
「まぁ、そう言う私ものんびりする予定だから、あなた達も自由気ままに過ごすといいわ。それに、絶対損はさせない場所だから」
「もちろん、そのつもりです。ね？優希ちゃん」
「はい！！」
　優希も元気よく頷く。
　実際、エリザのおかげで今回の目的地に行けるような物だから、感謝している部分は多大にあった。
　そしてたまたま暇を持て余していた七衣も一緒に同行することになったのである。
　やがて列車のスピードが徐々にと落ちていき、目的地の到着が近づいたことを告げる車内アナウンスが流れた。
「そろそろ到着ね。降りる準備して」
　エリザの言葉に一同はせっせと下車準備を始めた。