改札を抜けるとさわやかな風が吹きぬけてきた。
「うーん、気持ちいい！」
　優希は大きく伸びをすると深呼吸をした。
　新鮮な空気に満ち溢れたここの空気は、胸に染み入るようでとても清々しい。
　目の前には見渡す限りの草原が広がっている。
　後ろには年季を感じさせる木造建築の駅舎が周りの自然と見事にとけあって一体化を果たしていた。
「空気がおいしいですね、鈴科先輩」
「そうね。喧騒的な雑踏の都会を離れてこーゆー田舎でのんびりするのも、たまにはいいかな？」
　流水音も優希に同意する。
「それでエリザ先生、これからどうするんですか？」
「どうするって……もちろん、歩くのよ？」
「えっ？」
　一同はエリザを見たが、エリザは笑いながら言葉を続けた。
「心配いらないわよ。１０分くらいで着くから。それに、少しは歩かなくちゃダメよ？あなた達若いんだから」
「は、はぁ……」
「それじゃ、行くわよ」
「あっ、先生。待ってください」
　エリザの後を３人は慌てて追いかけた。
　周りに広がる風景はとてものどかなもので、時折牛や馬の姿が見受けられる。
　春のぽかぽか陽気に誘われて、気持ちよさそうに眠っている動物達もいた。
「今日がいい天気でよかった。ね？優希ちゃん」
「はい。とっても暖かいですし、なんだか心がうきうきします」
「ここならとーってもいい同人誌のネタが思い浮かびそうですぅ〜」
「ふふ。気に入って貰えたようね。私も連れてきた甲斐があったわよ」
「エリザ先生、ありがとうございます」
「エリザ先生、ありがとうございます」
「エリザ先生、ありがとうですぅ〜」
　３人はエリザの言葉に素直にお礼を言った。
　それほど流水音も優希も七衣もこの場所が好きになってしまった。
　耳を澄ませると時折風の詩声や動物達の鳴き声が聞こえてくる。
　自然を体全体で感じる事ができる場所であった。
「そう言えばエリザ先生、これから行く旅館の知り合いの人って、エリザ先生と一体どういう関係なんですか？」
　流水音が興味津々っといった様子で尋ねた。
「どういう関係って？」
「ほら、知り合いって一口にいってもいろいろあるじゃないですか。学校の先輩後輩とか、竹馬の友だったとか、先生と生徒の関係とか」
「あっ、それ私も聞きたいです」
「私もですぅ〜。こ〜んな世捨て人みたいな生活送ってるなんてぇ、気になりますぅ」
　やはり気になっていた優希と七衣も、同じようにエリザをみる。
「そうね……」
　エリザはフッと笑うと空を見上げた。
「親友であると同時によきライバルでもあった人、かな？」
「ライバル、ですか？」
「そうよ。あの頃は私も若かったわ……」
　エリザは懐かしむように、遠くを見つめる。
　優希達は顔を見合わせた。
　無論、その人物がどのような人物であるのか、ますます興味が沸いてくる。
「エリザ先生のライバルって、一体どんな人なんだろう？」
「ひょっとして……エリザ先生と同じように大人っぽい魅力を持った人、じゃないでしょうか？」
「わからないですょ？男の人かも知れないですぅ〜」
「あらあら、あなた達そんなに気になるの？」
「もちろん！」
「はい、気になります」
「気になるですぅ〜」
「もぅ、困った娘達ね」
　エリザは仕方ないなぁ、とため息をついた。
「もうすぐ会えるんだから……あっ、ホラ見えてきた」
　優希達はエリザが指差す方角を見た。
　古風な造りの大きな建物が１軒、存在感を示すかのように立っているのが見える。
「あそこが私達が泊まる『璃月屋』よ。牧場で採れる絞りたての牛乳や美容にいい温泉が有名なのよね」
「ひょっとして先生……ここによく、いらっしゃるんですか？」
「よく……ってほどでもないけど、疲れた時はよく来る、かな？」
「そうですか……」
「舞波さん、どうかした？」
「い、いえ、なんでもないんです。ごめんなさい」
　優希はいつもの悪いクセでペコリと頭をさげた。
　そして同時に、エリザの大人の色気の秘密が少しだけわかったような気がした。
　しかし流水音はそんな優希の考えなど知らずに、深いため息をついた。
「ほら、優希ちゃん。また悪いクセよ？悪い事してないのに謝るなんて。それじゃあ桐生から嫌われちゃうぞ？」
「あ、は、はい！今度からは気をつけるようにします」
　桐生の名前が出てきた途端、優希は顔が赤くなってしまった。
　すると流水音は優希の肩をポンポンと叩いた。
「まぁ、あたしも応援してあげるから。徐々に頑張ってけばいいんだから」
「は、はい！！」
　優希は表情を強張らせながらも元気よく返事をする。
　そして一行は旅館の前までやってきた。
「ふぅ、着いたわね。それじゃあ入るわよ」
『はい！』
　エリザの後に３人娘がついていく。
「いらっしゃいませ」
　建物の中にはいるなり着物を着た女将風の女性が三つ指を突いて出迎えた。
「遊びに来たわよ。アイナ」
「よく来てくれたわ、エリザ。ゆっくりしていってね」
　その女性は顔をあげてニッコリ微笑むと、優希達を見た。
「そちらの女の子達がエリザの生徒ね？」
「そうよ。あなたのことが気になって気になってしょうがない様子だったから、大変だったわよ」
「そうなの？私、この旅館の女将をやっているアイナ。よろしくね」
「あ、は、はい！！」
「こ、こちらこそよろしくお願いします！！」
「お、お世話になりますですぅ〜」
　優希達も頭をペコリと下げる。
　アイナはエリザに負けず劣らずの美貌を持った女性であった。
　ただエリザと違って、アイナはどこか物腰が柔らかそうな、優しい表情をしている。
「それじゃあ、早速部屋に案内するね」
　優希達はアイナの案内にしたがって、２階の部屋に招かれた。
　二〇畳くらいの大きさで、中央にはテーブルがあり、その上に茶菓子が置かれている。
　テレビはリモコン式で、ケーブルテレビに加入しているのか衛星放送が入るようになっているのか、全チャンネルが映るようになっていた。
　障子を開けると椅子が小型のテーブルと椅子がふたつあり、そこから外の景色を眺めることが出来るようになっている。
「とってもいい部屋ですね、先生」
「外の眺めもステキです」
「さっすが先生ですぅ」
　優希達ははしゃいだが、対象的にエリザは目を丸くしていた。
「ちょっとちょっと。こんなにいい部屋に泊まってもいいの？」
「いいわよ別に。今はお客さんいないし、特別サービス」
「ふーん。なら今度からここに泊まりに来る時はいつも生徒を連れてくるようにしようかしら？」
「別にいいけど……そんな暇あるのかしら？」
「それなのよね……あぁ、理事長代理になんてなるんじゃなかった」
　エリザは落胆のため息をついてみせた。
「相変わらずね、エリザも」
　アイナはその様子を見て笑った。
「それじゃあイタさんに言って夕食は一番おいしいものだして貰うようにするから。
期待しててね」
「ありがと、アイナ。いろいろ気を使ってもらって」
「気にしない気にしない。お客様に誠心誠意を持ってサービスを尽くす、それが女将の努めなんだから」
「そう言ってもらうと、私も助かるわ。それじゃあみんな、夕食にはちゃんと戻ってこなくちゃダメよ？」
『はいっ！！』
　エリザの言葉に、３人娘は元気よく返事を返した。