「アイナ、すっかり御世話になっちゃったわね。本当はもっとゆっくりして行きたいんだけど……」
　エリザの言葉にアイナは静かに首を横に振った。
「いいのよ気にしなくって。あなたもちゃんと立派な先生やってるようだし」
「それ、どういう意味？」
「さーて、どういう意味だろ？」
　エリザは思わず苦笑した。
　楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、再び戻る時がやってきた。
「あの、御世話になりました」
「おいしい料理、ご馳走さまでした」
「シルバーちゃんによろしくですぅ」
　３人娘もそれぞれお礼をいう。
　しかし誰もが名残惜しそうだ。
「また暇になったら遊びにいらっしゃい。いつでも歓迎だから」
　アイナは微笑みながらそう言う。
「エリザ、ステキな生徒達に囲まれて幸せね」
「そうね。ちょっと手のかかる娘達だけど、私は幸せよ」
　エリザも笑いながらそう答えた。
　その表情は単に社交辞令ではなく、心底幸せだということを物語っていた。
「それじゃあね、アイナ」
「あっ、ちょっと待って」
　出て行こうとしたエリザ達を、アイナが呼びとめた。
　そして駆け足で旅館の奥へと消えていく。
「どうしたんだろ？アイナ？」
　エリザは不思議そうに見守っていると、やがてアイナが大きな木箱を抱えて戻ってきた。
「はい、これお土産。優希ちゃんに」
「わ、私にですか？」
「そうよ」
　アイナはそれを優希に渡し、小声でそっと呟いた。
「彼とちゃんとうまくやらなくっちゃ、ダメよ？」
「えっ！？」
　思わず顔が真っ赤になってしまった優希であったが、ニコニコ手を振るアイナに聞き返すことはできなかった。
　そして４人は旅館を後にした。

　帰りの電車道、優希は窓辺に流れる車窓を見ながら物思いにふけっていた。
　あっという間に過ぎ去った、楽しい出来事。
　まるで夢のような体験であった。
　実際、今でも夢のように思えてくる。
「優希ちゃんだけお土産貰うなんていいな」
「そうですぅ。ズルイですよぉ」
「まったく……あなた達、少しは遠慮っていうものしりなさい」
　駄々をこねる流水音と七衣にエリザが叱咤する。
「ところで優希ちゃん、一体なにを貰ったの？」
「えっ？」
「ここで見てみようよ」
「そ、そうですね……」
　優希は慌てて棚から受け取った木箱を取り出すと、蓋を開けた。
「あっ……」
　そして小さく呟いた。
「これって……」
「牛乳、ですよねぇ？」
　流水音と七衣は顔を見合わせる。
　そこにはパックに入った牛乳が数本入っていた。
　優希は別れ際にアイナが囁いた言葉を思い出した。
（あれってひょっとして……私への応援……？）
　流水音と七衣が何かを言ってるようであったが、優希の耳にはいってくることはなかった。
　優希はそのまま蓋を閉じて棚の上にあげると、再び車窓に流れる風景に視線を移した。
「楽しい旅だったなぁ……」
　優希は声に出すことなくそっと呟いた。
　桐生真の笑顔とその横で楽しく手を繋ぎながら歩いている自分の姿が見えたような気がした。