それはある晩秋の夕暮れ時のことであった。
　いつものように俺は学校からまっすぐ帰ってくると、家の玄関の鍵が開いていた。
　親父でも帰って来たんだろうか？
　そう不思議に思いながらドアを開けると……
「おかえりなさい」
　女の子が出迎えてくれた。
　しかも三つ指をついて。
「ママ、マリィ！？」
　俺はその少女の姿を見て言葉を失った。
　間違いない。
　セイレーンの少女、マリィだ。
　しかし彼女は俺の夢の世界の住人だったはず。
　現実のこの世界に存在するわけがない。
「ど、どうしてここに……！？」
「ひっどーい！！どうしてはないでしょ？せっかくこうして来てあげたのに」
　マリィは俺の言葉にムスッと膨れた。
　しかし、俺にはよく状況が飲みこめない。
「来た……って？」
「だから、功司君に会いたくなったから遊びに来てあげたの」
「会いに来たって……お前、夢の世界の住人だったんじゃなかったのか？」
「んもう！いちいち細かいことは気にしないの。それに『奇跡は起きます！起こしてみせます！！』ってよく言うじゃないの。あたし達恋人同士なんだから、やっぱり愛のなせる技だよね」
「ちょ、ちょっとまてぃ！！」
　俺はその言葉に即座に反応した。
「俺とマリィって、いつから恋人同士になったんだ！？」
「ひ、ひどい！！あの雨の日の桟橋を忘れちゃったの！？あんまりだわ！！」
　マリィはヨヨイと泣き崩れる。
　だが、俺にはまったく身に覚えがないことだ。
「あのさ……俺、マリィと『恋人』と言う定義の思い出は、なんにもないんだが……」
「当然じゃない！！だって……思い出はこれから二人で作っていくんだから……」
　今度は一転してポッと頬を赤らめる。
　うーん……よくわからない娘だな……
　そう思いながら、俺は重大なことを思いだした。
「あっ！！マリィ！！なんでお前俺の家の中にいるんだ！？」
「なんでって……もちろん、功司君の家がどうなってるのか気になったから」
「そうじゃない！！どうやって、この家の中に入ったんだ？」
「決まってるじゃない。スペアキーを使ったのよ」
「ス、スペアキー？」
「うん。沙夜ちゃんに貰ったんだけどね」
　そう言ってマリィはスペアキーを俺にみせる。
　沙夜のやつ……なんでそんなものもってるんだ？
　……って、なんでそんなものまで実体化してるんだ？ 　考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。
「あっ、そうだ。功司君の部屋の中、片付けといたから」
「な、なにぃ！？」
　俺はその予期せぬ言葉に愕然となった。
「ひょ、ひょっとして……」
「ピンポーン！机の中やベッドの下に隠してあったエッチな雑誌とかは、全部処分しておいたから」
「な、なんだって！？」
　ああ……なんてこった……
　さらば青春の１ページ……
「もぅ……功司君ってばエッチなんだから。あんなもの見なくってもあたしがいくらでも見せてあげるのに……」
　そう言ったマリィの頬は、どんどん赤くなっていく。
「……帰れ」
　俺は疲れきった表情で一言、そう言った。
「えっ？」
　マリィは面食らったような表情を一瞬見せたが、すぐに目に涙を浮かべ非難めいた眼差しを俺に向けた。
「ひどい！！こんなカヨワイ女の子に路頭に迷えって言うのね！？」
「ちょ、ちょっと待てぃ！！」
　その言葉に今度は俺が面食らってしまう。
「誰もそんなこと言ってねーだろーが！！元の世界に帰ればいいじゃねーか」
「どうやって帰るのよ！？」
「えっ！？」
「あたし帰り方知らないもん！！」
「……………………」
　静寂が辺りを支配する。
　ビュウウッと風が吹きぬけた。
　流れる沈黙。
　お互いに黙ってみつめあう。
　えっと……つまり、その、なんだ……
　マリィは俺に会いたい一心でこの世界にやってきた、と。
　でもって元の世界に帰る方法は知らない、と。
　それはつまり、この世界に残るのを覚悟で起こした行動だよな。
　と言うことわだ、俺はそこまでマリィに思われてるわけであって……
　うーん、なかなか悪い気はしないぞ。
　マリィって意外にカワイイところあるんだな。
　でも待てよ？
　変える場所がないってことは……
「ひょっとして……家に居つくつもり、なのか？」
「……迷惑、かな？」
　マリィが上目遣いで俺に訴えかけるような視線を送る。
　その仕草が妙に色っぽい。
　ここで迷惑だなんて言えばもちろん末代までの恥になること請け合いだ。
「全然迷惑なんかじゃないさ」
　俺はそう答えた。
　途端にマリィは嬉しそうな微笑を全開にさせてはしゃぎまわる。
「やっぱ功司君って優しいね♪ふつつかものだけど、よろしくお願いします」
　そして三つ指をついてペコリと御辞儀をする。
「あ、ああ、こちらこそよろしく」
　俺もつられて御辞儀をする。
　マリィの笑顔はこれからの日々に波乱と幸福を予感させた。