「わぁ〜♪功司君見て見て。林檎飴売ってるよ。あ、向こうには綿菓子も♪」
　マリィは嬉しそうにはしゃぎながら俺の洋服の裾を引っ張った。
「そんなに急がなくっても、逃げたりしないよ」
「でも、やっぱこーゆーのって勢いが大事じゃない？あ、あの焼きモロコシおいしそう！」
「おいおい、そんなに食いもんばっか食ってたら太っちまうぞ？」
「いいの。おいしいものは別腹だから。それに運動だって毎晩してるし……」
　マリィの言葉に俺も思わず苦笑いをしてしまう。
　まぁ、確かに毎晩激しい運動してることには変わりないんだが……誰かに聞かれでもしたらどうするつもりなんだ？
　特に瑞希の耳に入った日にゃ、血相変えて乗りこんできかねないからな。
　辺りをみまわすと、それらしい人物は見当たらなかった。
　まぁ、こんなに人でゴミゴミしていれば、見つけるほうがかなり難しいんだが。
　俺達は縁日に来ていた。
　少し季節はずれかも知れないが、それでも縁日は活気に溢れていた。
　屋台が所狭しと立ち並び、カップルや親子連れの姿も目につく。
　マリィはというと、残念ながら浴衣姿ではないが、それなりにオシャレしていた。
　「地上の世界のお祭りって見てみたいな」と言ってたもんだからつれてきてみたんだが……かなり楽しんでいる様子だ。
　俺も少し肩の荷が下りる。
　まぁ、もっともマリィは俺といることのほうが嬉しいかもしれないんだが。
「ほらマリィ、行くぞ」
「あっ、ちょっとまってよぉ〜」
　俺はマリィの手を引っ張りながら先へ先へと進んだ。
　そして賽銭箱の前へと辿りつく。
「ほら、マリィ」
　俺は奮発して１００円玉をマリィに手渡した。
「これ……どうするの？」
　マリィはわけのわからないと言った困惑の表情を浮かべている。
　ま、無理もないか。
　俺はマリィにわかるように説明してやった。
「その箱の中にいれるんだよ」
「え〜？なんでそんなもったいないことするの？」
「一応決まりなんだよ。それでその紐引っ張って鈴ならして、パンパンって手を叩いてお願い事すると、その願を神様がかなえてくれるって言われてるんだ」
「ふーん……そうなんだ」
　マリィは納得したように１００円玉を眺めると、それを賽銭箱の中へと投げ入れた。そして俺が説明した通り、紐を引っ張って鈴をならし、パンパンと手を叩いてなにかを必死に願い始める。
　俺もマリィと同じように賽銭を投げ入れると瞳を閉じて願い事を心の中で呟いた。
　マリィといつまでも一緒にいられますように。
　マリィといつまでも一緒にいられますように。
　マリィといつまでも一緒にいられますように。
　願い事が終わると、俺は目を開けてマリィをみた。
　マリィも願い事を言うのが終わったらしく、俺のほうを見てニッコリ微笑む。
　こんな姿静乃にはみせらんないよな、やっぱ……
　俺はそんなことを思いながら、マリィと一緒に来た道を引き返しはじめた。
「ねぇ功司君。一体なにをお願したの？」
　マリィが俺の腕に捕まりながらそう尋ねてきた。
「秘密だよ。マリィこそ一体なにをお願いしたんだ？」
「功司君が教えてくれないならあたしだって秘密だもん」
「じゃあ、俺が教えたらマリィも教えてくれるのか？」
「当然じゃない。約束する」
　俺の言葉にマリィは小さく頷く。
　ここでウソ言うわけにいかないしな……
　あんな恥ずかしいこと口に出すのちょっと気が引けるけど、しょうがないか。
「俺はマリィとずっといっしょにいられますようにってお願いしたんだ」
「え？ホントに！？」
「ああ本当だとも」
「嬉しい……あたしも、功司君とずっといっしょにいられますようにってお願いしたんだ」
　マリィは喜びながら抱きつく力を強める。
　ああ、幸せだなぁ……
　俺もそんなことを考えながら歩いていた。
　ふと、マリィが立ち止まった。
「どうしたんだマリィ？」
　俺も歩を止めてマリィを見る。
「功司君、アレなに？」
「ん？どれだ？」
　マリィの指差した方向には射的の出店があった。
「ああ、射的だよ」
「射的？」
「簡単にいうと、玩具の鉄砲で弾を撃って、景品を倒したらそれが貰えるっていうゲームさ」
「ふーん……なんだかおもしろそうだね」
「マリィ、やってみるか？」
「うん！」
　マリィは大きく頷いた。
　俺達はその出店へと足を向けた。
　ガラの悪そうな中年のオヤジが店番をやっていた。
「１回４００円だよ」
「それじゃ、２回お願します」
「あいよ」
　お金を払って、俺とマリィはそれぞれ銃を受け取った。
「それじゃあマリィ、俺が手本見せるからそれみててよ」
「うん、わかった」
　マリィはじっと俺を見つめている。
　まいったなぁ……
　そう思いながら俺は慎重に狙いを定めた。
　標的はわけのわからない人形。
　マリィが喜んでくれるかもしれない。
　と言うか、これ以外にマリィが喜びそうなものはなかった。
　照準よし、風向きよし、角度よし……
　一瞬の静寂。
　俺はトリガーを弾いた。
　ポコ、と打ち出されたゴムの弾はカーブをえがきながら標的のわずか右をそれて飛んでいく。
　ハズレた……
　俺は悔しく思いながら銃を台の上に置いた。
「すまん、マリィ。外れちまった」
「気にすることないよ。でも、大体やり方はわかったから」
　マリィは微笑みながらそういうと、銃を構えた。
　店の親父はニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべている。
　まるで「お前なんかに景品はとらせんよ！！」といった感じだ。
　くっ……なんかムカツク……
　そう思いながらもマリィの様子を静かに見守る。
　ふと、マリィの動作が止まった。
「どうしたんだ？」
「……この銃、トリガーのバネが甘い……」
「えっ？」
「功司君、ちょっと待ってて」
　マリィは言うや否や、どこに隠し持っていたのか工具箱を取り出すと、銃を分解し始めた。しかも物凄い慣れた手つきで。
　流石にこのことは予期していなかったらしく、店の親父も口をあんぐりとあけて呆然とマリィを見ている。
「これでヨシッ、と」
　マリィはガシャンと銃を組みたてた。
　そして再び静かに標的に狙いを定める。
　ボン！！
　凄まじい音がした。
　撃ち出された弾丸は、物凄いスピードで加速していき、そして獲物の腹部に風穴を開ける。
「……………………」
「やったーやったー！！これでいいんだよね♪あれ、どうしたの？」
　マリィは嬉しそうにはしゃぎまわって、俺の体をゆらゆら揺する。
　なんだ今のは一体？
　人形に風穴？
　玩具だよな、これって確か……
「……はっ！？に、逃げるぞ！！」
　我に帰った俺はマリィの手を取ると一目散にその場を退散した。
「ど、どうしたの一体？」
「やりすぎ！！」
　マリィは不服の表情を浮かべていたが、そんなことはいってられない。
　しばらくここにはこれないな……
　俺はそんなことを思いながら、マリィを止められなかった自分の愚かさをつくづく呪うのだった。