最近なんだかマリィの様子がおかしい。
　朝だっていつも起こしてくれるし、料理も作ってくれるし、一緒に登校もする。
　これといっておかしな所は無いんだが、やっぱり俺には何か違和感を感じる。
　どことなく元気がないと言うか……そう、まるで何かに怯えているような、そんな感じだ。
　そしてこの日も、やはりマリィの表情はどこか影のあるものだった。
　まるでこの空を覆い尽くしている厚い灰色の雲のように、マリィの心に何か不安があるのかも知れない。
「なぁ、マリィ」
「なぁに？」
　下校途中、たまりかねた俺は尋ねてみた。
「なにか、心配事でもあるのか？」
「えっ？どうしたの急に？」
　マリィは笑顔で返してくる。
「なんだか最近、元気がないようだからさ。ちょっと心配になっちゃって」
「あたしが？そんなことないけど……そんな風に見える？」
「うん。なんにもないなら別にいいんだけど」
「心配してくれたんだ。ありがと。あたしはちゃんと元気だから。でも、功司君よりは元気ないかも？」
「え？俺より？」
「そうだよ。功司君、耳を噛んだり背中に爪立てたり、最近情熱的すぎるんだもん」
「お、おい！！」
「アハハ。赤くなった♪でも、そうね……悩み、かぁ……ないこともないかな？」
「あるのか？悩みが」
「うん。最近お野菜が高くなってきたかなぁって」
「はぁ？お野菜？？」
「なによ。そんなに驚くことないじゃない。これでも家計を預かってる身としては、いろいろ大変なんですからね」
「へいへい。ありがとうございます。でも、そんな悩みは……総理大臣が景気回復してくれればすぐさま解決してくれるんじゃねえの？」
「あっ、功司君。今放送禁止用語言った〜」
「へっ？」
「知らないの？『総理大臣』って言葉、最近放送禁止用語になったんだよ？ちゃんとＣＭで物凄いおばさんが言ってるセリフ、『こんなんじゃ、こんなんじゃ、こんなんじゃアタシがピーーーーーーー』って、効果音で消されてたもん」
「それは……ちょっと違うと思うぞ？」
「えっ？違うの？」
「ああ。まぁ、アレはその大人の事情ってやつだ」
「へぇ。そうなんだ」
　マリィは目を丸くする。
　どうやら本気でこの単語を放送禁止用語だと思ってたらしい。
　俺は思わず苦笑するが、同じにホッとする。
　やっぱり俺の心配のしすぎかな？
　俺達はそんな他愛も無い話をしながら、雪道を歩いていった。
　もうすっかり冬だ。
　歩道の隅っこに、誰かがつくったのか小さな雪だるまがちょこんと置かれている。
　ふとマリィが、足を止めた。
「ねぇ功司君」
「どうした？」
「もし……もしも、だよ？あたしがいなくなったらどうする？」
「マリィがいなくなったら？そうだな……」
　俺はしばらく考えこんで、そして答えた。
「別にどうしもしないさ」
「えっ？」
　信じらんないと言った表情で、マリィは俺を見る。
　俺はそんなマリィを力強く抱き寄せた。
「マリィがいなくなる生活なんて、考えらんないよ」
　そしてマリィの唇を奪う。
「そっか……そうだよね」
　マリィは小さく呟いた。
「あたし……功司君のこと、信じてるから」
　頬を赤らめながらマリィは俺を見る。
　そして再び接吻。
　だがこの時……マリィの表情はどこか寂しそうだった。