足が重い。
　身体がだるい。
　まるで心にポッカリと穴でも開いてしまったかのような、虚無感がひっきりなしに襲いかかってくる。
　寝不足のせいもあるかもしれないが、それ以上にマリィがいなくなってしまったことが原因だった。
　あれは夢でもなければ、空想でもなかった。
　紛れもなく現実だった。
　ひょっとしたらマリィとの生活が夢の世界だったのかも……などと言う考えが頭にも浮かんできたが、俺はそれを即座に打ち消した。
　そう、現実を否定することは二度としてはならないことだった。
　絶望感が心の中を支配する。
　しかし、同時にあることを思い出していた。
　その希望にすがるため、俺は意地でも学校にいかなければならなかった。
　最後の希望、それは瑞希と静乃の存在だ。
　二人とも現実界の人間でありながら、俺の世界に介入してきていた。
　と言うことはつまり、二人ともその方法を知っているということだ。
　マリィの行き先はわかっている。
　おそらく、彼女は自分に残された時間が少ないと知りつつも、俺に切り出すことが最後までできなかったのだろう。
　あのまま俺は眠りについていたらどうなっていたことか……それを考えるとゾッとする。
　俺は教室につくと、瑞希の姿を捜し求めた。
　だが……いくら探しても瑞希の姿はなかった。
　代わりに１限目の奈緒先生が、瑞希が風邪で欠席だと言うことを教えてくれた。
　しょうがないなぁ……
　俺は昼休みに静乃と会うことにして、午前中の授業は全部睡眠時間に当てたのだった。

「うわぁ〜……お兄様、本当にいいんですか？」
「ああいいよ。気にしないで食べちゃって」
「ホントですかぁ？嬉しいなぁ♪それじゃ、遠慮なくいっただっきまーす」
　静乃は表情をほころばせながら学食の秋ランチに箸をつけた。
　昼休みの学食は賑わっており、静乃のような中等部の生徒もちらほらと見かけることができる。
「でも驚いちゃいました。お兄様から急にお食事のお誘い受けるなんて」
「ちょっと急を要する事態だったもんでね」
「急を要する、ですか？」
「そう。単刀直入に聞くけど、静乃はどーやって俺の夢の世界にやってきたんだ？」
「えっ？」
　思いがけない質問だったらしく、静乃は箸を止めて目を丸くする。
　しかし次の瞬間にはその目がジド目になっており、なにやら意味ありげな薄笑いを口元に浮かべていた。
「ははぁ〜ん……マリィ先輩のこと、ですね？」
「え？なんでわかるの……？」
「当然ですよ。だってお兄様、今日はマリィ先輩と一緒じゃないんですもの。誰だっておかしいと思いますよ」
「そ、そっか……って、誰だってって？？」
「あれぇ？知らないんですか？お兄様とマリィ先輩って、校内じゃ知らない人がいないくらい、有名な熱々カップルなんですから」
「な、なにぃ！？」
　衝撃の事実に、今度は俺が目を丸くする番だった。
　そう言えば最近、奇異の目で見られてたような見られてなかったような……
　マリィと一緒だったため深くは考えなかったが、今にして思えばそーとー恥ずかしいことも平気でやってきたような気がする。
　恋は盲目、ということか……
「……コホン。で、話を戻すけど、静乃は知ってるんだな？」
「はい。知ってると言う表現が正しいかどうかはわかりませんけど、一応わかりますよ」
「そうか……で、その方法は？」
「念じるんです」
「……はい？？」
「だから、念じるんですってば」
　俺はその言葉を理解するのに少し時間をようした。
　そしてついつい、失言を口走ってしまう。
「念じる、ねぇ……」
「あ〜！！お兄様、信じてらっしゃらないんですね！？」
　俺の言葉に静乃はムスッと膨れてしまった。
　俺は慌ててフォローをいれる。
「あ、いやいや、信じないってわけじゃないんだけど、そんな方法でちゃんと成功するのかなぁって思って……」
「それは、お兄様の心がけ次第だと思います」
　静乃は微笑みながらいった。
「俺の心がけ次第？」
「そうですよ。お兄様がマリィ先輩のこと、どれだけ大切に想ってらっしゃるか、だと思います」
「そっか……そうだよな……」
　俺は静乃の言葉に納得した。
　瑞希や静乃だって、俺を思ってくれて夢の世界に介入できたんだ。
　だったら俺にできないはずがないじゃないか。
「ありがとう静乃」
「いえいえ。どういたしまして」
　静乃は微笑みながら、再び箸を進めはじめた。
　ごめん、静乃……ありがとう……
　俺はそんな大人の少女に、心の中で深々と礼を言ったのだった。