「そうそう、功司君にもお土産があるのよ」
「俺にも？」
「うん」
　瑞希は先ほどとは一転してにこやかに微笑むと、紙袋の中からゴソゴソとなにかを取り出した。
「はい、功司君へのプレゼント」
「えっ？」
　瑞希から手渡された俺は、それをマジマジとみつめる。
　それはベージュ色の手編みのマフラーであった。
　見るからに暖かそうで、毛糸特有のふわふわした柔らかい手触りがとても心地よい。
「これを……俺に？」
「うん」
　瑞希ははにかみながら頷く。
　瑞希……お前そこまで俺のことを……
　俺は感動せずにはいられなかった。
「巻いてみてもいいかな？」
「もっちろんよ。そのためのマフラーなんだから」
　瑞希は是非そうしてと懇願するかのように俺に言う。
　まぁ、それもそうだよな。
　マフラーなのに箪笥のこやしにしたり観賞用として飾って置くわけにはいかないもんな。
　さて……瑞希の手編みマフラーは……あれ？？
「瑞希……これ、ちょっと長くないか？」
「そんなことないわよ」
「でもなぁ……」
　俺は、かなり余っているマフラーの端っこの部分を持って、瑞希に見せた。
　実際はちょっとどころか、かなり長かったりするんだが。
「そのマフラーはね、こう使うの」
　瑞希は言うや否や、靴を脱いで上がりこむと、マフラーのあまった部分を持って自分の首に巻きつけ、そしてピタリと俺によりそった。
「ほら、こうすれば丁度の長さでしょ？」
「あ、ああっ……」
「功司君の胸の中って、暖かいね。これならマフラー必要なかったかな？」
「あ、ああっ……」
　俺はドキドキ鼓動を高鳴らせながらそう答える。
　嬉しいシチュエーション……そう、嬉しいシチュエーションではあるのだが、目の前にいるマリィの顔が恐い……
　笑顔だけど、額をピクつかせてギュッと握り締めた拳をワナワナ震わせてるよ……
「春日さぁん？な〜にしてるのかなぁ？」
「見ての通りのことだけど？」
　瑞希はクスッっと笑う。その態度がさらにマリィを激昂させた。
「ちょっと！！人の彼氏を横取りしないでよね！！泥棒ネコみたいな真似はやめてくれる！？」
　マリィは形相が一変すると、俺と瑞希を引き離しにかかった。
　しかし、マフラーのおかげで、それとも瑞希の意思なのか、なかなか離れない。
「春日さん！！功司君から離れなさいよ！！」
「あら？私達は運命の赤い糸で結ばれてるんだから、そんなことしても無駄よ」
「なっ……」
　瑞希の言葉にマリィは絶句して、俺を睨む。
「功司君！！」
「は、はいはい。わかったよ」
　俺は名残惜しい気分を残したまま、マフラーを外す。
　よくよく考えてみれば、マリィは裁縫は苦手だからつくってくれって頼んでもできないんだよな。
　もっとこのままでいたかったけど……ゴメンな。瑞希。
「もぅ！！功司君ってば、本当に春日さんには甘いんだから！！」
「なんだ？嫉妬してるのか？」
「違うわよ！！バカぁ！！」
　マリィはおっかない形相で俺を睨みながら俺の腕をつねる。
「イテテテテテテテ！！やめろよマリィ！！」
「どーせあたしは裁縫が苦手ですよーだ！！」
　マリィは怒りながらそう言うと、つねるのをやめて今度は俺の腕にしがみついて瑞希を睨んだ。
「春日さんも春日さんよ！！あたしの彼にチョッカイ出さないで！！」
「あら？私はチョッカイなんか出してないわよ？功司君にとり憑いた悪霊を払おうとしただけだから」
「あたし、悪霊なんかじゃないもん！！」
「どうかしら？まぁ、それは次の儀式を行えばはっきりすることだけどね？」
「儀式だぁ？」
　俺は瑞希の言葉に顔をしかめた。
　瑞希のやつ、まだなにか変なことを企んでやがるのか……
「あら？心配しなくっても大丈夫よ」
　そんな俺の心を見透かすかのように、瑞希はクスッと笑う。
「痛いことなんかしないわよ？気持ちいいことだから」
「気持ちいいこと？」
「そっ。この薬を使うんだけどね」
　瑞希はそう言って、懐から白い錠剤を取り出した。
「なんだそれは？」
「ピルに決まってるじゃない」
「ピ、ピルだぁ！？」
「そうよ。妊娠するのはちょっと困るから、念のために、ね」
「に、妊娠って……」
「あら？厚生省推奨の中学生レベルの性教育知識だけど？」
「そ、そうじゃなくって！！」
「心配いらないわよ。功司君用のバイアグラもちゃんと用意してあるから」
　瑞希は微笑みながら隠し持っていた薬瓶を取り出す。
　瑞希のやつ、なんでこんなもんまでもってるんだ……？
「ダメよ！！そんなことはぜーったい、ダメ！！」
　途端にマリィが険しい表情になりながら、両手を広げて俺と瑞希の間に立ちふさがった。
「春日さん、あなた自分の言ってることがわかってるの！？」
「当然じゃない。功司君がウソをついてるかどうか、功司君の身体にきくのが１番なんだから」
「そんなこといってもごまかされないんだから！！そんなこと、このあたしがゼーッタイ許さないわよ！！」
　瑞希とマリィの間で目線がぶつかりあい、激しい火花が飛び散る。
　一触即発、修羅場寸前だ。
　まずいな……このままじゃ。なんとかしないと……
「な、なぁ瑞希」
　俺はマリィをどけて瑞希とむかいあった。
「そこまで思ってくれるのは嬉しいけど……でも俺、マリィのことが好きだから……その、ゴメン……」
「功司君……」
　瑞希の表情が一気に落胆したものになり、悲しみに溢れたものへと変わる。
「……わかったわ。今日の所は帰ってあげる」
「瑞希……」
「でも勘違いしないでよね。私だって、功司君を諦めたわけじゃないんだから」
　瑞希はニコッと笑うと、そのまま靴を履いて家を出ていった。
「もうこなくっていいから！！」
　マリィは嫌悪感むき出しでベーっと舌を出す。
　そして頬を赤らめながら俺を見た。
「功司君……その……ありがとう……」
「え？俺、マリィにお礼を言われるようなことしたっけ？」
「うん……これからあたしがするの……」
　マリィは目を閉じてキスをしてきた。
「マリィ……」
　俺もその思いに答えようと、マリィを抱きしめる。
　俺がもっとしっかりしなくっちゃな……
　俺は改めて、心にそう誓うのであった。