『夏』と言うものは『暑い』と言うのが相場だが、それにしても今年の夏は酷い。
　家の中にいても汗がダクダク噴出し、ちょっとでも油断すれば熱射病になってしまう。
　とにかく今年は、まるで砂漠の中にいるのではないかと錯覚してしまうほど、むちゃくちゃ暑い。
　それと言うのも、今年は近年にない異常気象で、超強力な高気圧が列島を覆ってしまっているそうだ。
　そのため例年の４割り増しくらいのうだるような暑さが日夜その気配を弱めることなく続くもんだから、たまったもんじゃない。
　おかげでマリィなんかは子供用プールを引っ張り出してきて水浴びをする始末だ。
　風呂場で浴びずにわざわざ外で浴びるのは、そっちの方が気分が爽快だから、だそうだ。
　まぁ、外からは見えないからいいようなものを……外から見えたらどうするつもりなんだろ？
　はぁ……暑いな……
　俺はうちわを扇ぎながら、外に出してあるプールを見つめて溜息をついた。
　こんなクソ暑い夏なら遠慮しないでエアコン使えと言う話もあるんだが、生憎今は調子が悪い。
　修理にくるのは３日後なので、それまではうちわで我慢しなければならないのだ。
　扇風機を使ったところで熱風機になるだけだし、うちわと対して変わらない。
　まったくこんな時に故障するなんて、困ったエアコンだ。
　それにしても……
　俺は扇ぎ続けながら、時計に目を見やった。
　午前１１時１０分。
　今日は学校全体の機器整備をするとかで１時間で授業が終わってしまった。
　だからこうして平日のこんな時間に家にいたりする。
　１時間しか授業しないなら最初から休みにしろよって感じなんだが。
　まぁ、今更文句を言ったところで仕方ないし、学校にいても、エアコンの壊れた学校なんて蒸し風呂と同じだからな。
　で、マリィはと言うと……
　一緒に帰ってくるはずというか、寄り道するはずだったのが、何か用があったらしく、学校が終わるやとっととどこかへ行ってしまった。
　お昼には帰ってくるって言ってたけど……
「ただいまー」
　おっ。噂をすればなんとやら。
　どうやらマリィが帰ってきたようだ。
　パタパタパタ
　勢いよく階段を駆け上がっていく音がすると、再び静寂が訪れる。
　パタパタパタパタパタ
　そして１０分もしないうちに心地よい騒音を響かせながら降りてくると、マリィはリビングの中へと飛び込んできた。
「ただいま、功司君」
「お帰り、マリィ。今までどこに行ってたんだ？」
「えへへ……静乃ちゃんに、ちょっとこれを借りに、ね」
　マリィははにかみながら古ぼけた巻物を俺に見せる。
　それはかなり年季の入ったものではあったが、その割には傷みもなく保存状態もよさそうなものであった。
「どうするんだ？そんな巻物？」
「それは、これからのお楽しみー」
　マリィはうふふと笑いながら巻物をバーっと広げる。
　そしてブツブツと呪文を唱え始めた。
「トッピンパラリコトッピンピン」
　すると、巻物がまるで意思でも持ったかのように宙に浮かび上がり、光り出したではないか。
「な、なんだぁ！？」
　俺は思わず、その巻物を凝視する。
　光り輝く巻物はしばらく宙に浮かび上がっていたが、突然ボンと言う爆音が轟き、白煙があがった。
　そして白煙の中から、見覚えのあるピンクの髪に２本の角を生やした少女が、床へと落ちてくる。
「ふにゃ！？」
　大股を広げて床に軟着陸したその少女は、なんともマヌケと言うかかわいらしい声を発して、キョトンとしながら俺達をジッと見つめていた。
「…………」
　俺も呆気に取られながらその少女を見つめ返す。
　俺はこの少女をよく知っている。マリィと同じくアッチの世界にいた、ナマハゲ少女の唯芽だ。
　マリィの奴、面白いことってこのことだったのかよ……
　チラッと視線を落とすと、スカートの中に見える縞々パンツが。
「わっ、わわわっ！！」
　俺の視線を素早く察知したのか、唯芽は慌てて膝を閉じ、スカートの中を覆い隠す。
　まったく……家の中では靴くらい脱いでもらいたいものだ。いい目の保養になったけど。
「あっれぇ？おかしいなぁ〜」
　マリィはぶつぶつ呟きながら巻物をまくと、再びバーっと広げて呪文を唱え始める。
「トッピンパラリン、ピンピロリン」
　またもや巻物から放たれた眩い光が辺りを包み込んだかと思うと――
　ボン！！
　続いてけたたましい爆音。
「きゃ！？」
　それからかわいらしい悲鳴。
　またもや聞き覚えのある声に、俺の不安は増大する。
　そして――
　白煙が晴れると、一人の少女が姿を現した。
　水色の流れるような長い髪に、透き通った瑞々しい肌。
　少し大人びた雰囲気を持ちながら、同時に儚さを持ち合わせた少女。
「わーい！！シーナ！！」
　俺がその名を呼ぶ前に、マリィがその少女の名を呼びながら、嬉しそうに抱きついた。
「えっ……えっ？えっ！？」
　シーナは自分の置かれてる状況が全くわからないといった状況で、目を白黒させている。
　唯芽にしても、ポカーンと呆気に取られている様子だ。
　俺はというと、状況がイヤと言うほど理解できていたりする。
　静乃の奴、なんて物をマリィに渡しやがるんだ……
　ひょっとして一人でも二人でもおんなじだから、たくさん呼んじゃえなんてお気楽な気持ちで渡したんじゃないだろうな？
　そういえばこの前チョコレートパフェおごってやらなかったこと随分と根に持ってたみたいだったし……
　静乃はそんなに俺を困らせたいのか……
　今頃ほくそえんでるだろうなぁ……
　ピンポーンピンポーンピンポンピンポンピンポン
　まるで俺の考えに呼応するかのように、玄関のチャイムが激しく連打される。
「もう待ちきれなくって来たか……」
　俺は大きく溜息をつくと、玄関へと向かった。
　玄関のガラス越しにチャイムを連打する少女の影がある。
「わかったわかった。わかったからいい加減にしてくれ、静乃……？」
　俺が玄関を開けると、予想に反して鬼の形相を浮かべた巫女装束姿の静乃がいた。
　しかも手には、怪しく光る護身刀が握られている。
「ど、どうしたんだ静乃？」
「お兄様！！あの悪魔はどこですか！？」
「あ、悪魔ぁ！？」
「そうです！！あの悪魔、私を歌で惑わせて封印されてる巻物を勝手に持ち出していったんです！！」
「な、なんだってー！？」
　静乃の衝撃に発言に、俺も思わず腰を抜かしそうになる。
　マリィの奴、静乃から借りたんじゃなくて強奪してきたんじゃないか！
「もう、今日という今日は許せません！！あの悪魔、絶対封印してやるんだから！！」
　いきり立った様子で静乃は勝手に家に上がりこむと、ズカズカとリビングへ向かっていく。
　そして――
「―――――！！」
　リビングでの光景を目の当たりにした静乃は、刀を落とすと、ムンクの叫びのような表情を作りながら、声にならない悲鳴を上げた。