俺達４人はテーブルを囲んでいた。
　ただし和気藹々と言うものではなく、なんだか重苦しいような、暑苦しいような、不思議な雰囲気に包まれてはいたが。
　特に約一名は、隠すことなく敵意、殺気を放ちまくっている。
　ぶっちゃけ、俺とマリィの向かい側に座ってる静乃のことなんだけど。
　唯芽は静乃の左斜め、シーナは静乃の右斜め。二人とも、この暑さに気だるそうな顔をしている。
　各々の前に置かれた冷たい麦茶は、もう氷が溶け始めていた。
「……で」
　頬に汗を伝わらせながら、静乃が静かに口を開く。
「一体どういうつもりなんですか？」
「うーん……どういうつもりって言われても……」
「なぁ、静乃。もういいじゃないか。その、なんだ。マリィも反省してるみたいだし……」
「お兄様は黙っててください！！」
　マリィを擁護しようとした途端、静乃がピシャリと一喝する。
　そしてキッとマリィを見据える。その迫力にマリィはタジタジになり、ついには額をテーブルにこすりつけた。
「ゴ、ゴメンなさい！！つい出来心で……本当に、ゴメンなさい！！」
「出来心であれば、何をやっても許されるんですか？許されませんよ！！」
　しかし静乃は、糾弾の手を緩めようとはしない。
　まぁ確かに、やっていいことと悪いことはあるんだけど……っていうかひょっとして……
「静乃、ちょっといいか？」
　俺は恐る恐る、静乃に質問する。
「なんですか、お兄様？」
「あのさ……ひょっとして唯芽もシーナも、マリィと同じようにこの世界に残る……ってことなのか？」
「いいえ」
　静乃は即座に首を横に振る。
「今回マリィさんが使ったのは禁呪の一種ですが、時間制限がありまして。おそらく夕方には御二方は元の世界に戻られることになると思います」
　元の世界……つまり夢の世界か。
「それなら……」
「お兄様はマリィさんに甘すぎます！！」
　静乃は凄い剣幕で俺の言葉を遮る。
「いいですかお兄様！？いくら安全なものとはいえ、禁呪を使ったんですよ！？それも私に片棒を担がせて！！私は絶対に許せません！！」
　そして静乃は憎悪に満ちた眼差しでマリィを睨みつける。
　こりゃ駄目だ……静乃の怒りは相当なモノのようだ。
　まぁ、操られて禁呪を使われた、なんてことされたら、静乃のプライドはズタボロだろうけど……
　仕方ない、こうなったらマリィのために、俺が一肌脱ぐか。
「わかったわかった。静乃が怒るのももっともだ」
　俺は腕組みしながらわざと難しい顔を作って、深刻そうに頷く。
「そうですよね！？」
　俺が同意したことにより、静乃の表情が少しだけ和らいだ。
　よし、バッチリ食いついた。あとは押して押して、陥落させるのみ！
「だけどよ、もうすんじまったことはいくら言っても、もうどうしようもないぜ？」
「そ、それは……そうですけど……」
「それとも何か？マリィに時間を戻してなかったことにしろとか、そーゆー無茶なこと言い出すんじゃないだろうな？」
「だ、誰もそんなこと言ってないじゃないですか！！」
「だよな。だからもういいだろ？マリィもこんなに反省してるんだし」
「で、でも……」
「わかったわかった。今度一緒に遊園地行ってやるから。なっ？もう許してやれよ」
「えっ？うー……」
　静乃は難しい顔をしながら低く唸ると、コクンと頷いた。
「……わかりました。今度だけですよ？」
「わーい！ありがとー！！」
　マリィは嬉しそうに顔をあげると、俺に抱きついてきた。
「ちょ！！マリィさん！！お兄様に引っ付かないでください！！」
　途端に静乃は表情を変え、今にも頭から角を生やし、口から炎を吐き出しそうなほど激昂する。
「ははは……」
　もう俺は乾いた笑い声しかでなかった。
　ああ……いい加減にしてくれよ、ホント……
「……ちょっと、お取り込み中のところ悪いんだけど……」
　すると、空気を読んでくれたのか、今まで黙りこくっていたシーナがすっと手を上げた。
「どうしたのシーナ？」
「この部屋ちょっと暑いんだけど……涼めるところないの？」
「涼めるところ？……あっ、あるよ」
　マリィは俺から離れて立ち上がると、シーナの手を引いて庭へとでる。
「はい、ここ」
　そして子供用のビニールプールを指差した。
「これって……」
「ゴメンねシーナ。うちのエアコン、今壊れてて涼めるのはこれしかないの。はい、座って」
　マリィは半ば強引にシーナを座らせると、蛇口をひねってシャワーを出す。
　しばらく熱湯が出た後、冷水になったのを確認してから、シーナに浴びせた。
「ああ……気持ちいい……」
　シーナは嬉しそうに冷水を浴びながら、至福の笑顔を浮かべる。
　すると見る見るうちに、シーナは人魚の姿になっていくではないか。
　俺は慌てて目を反らし、静乃と視線が合ってしまう。
「は、ははは……」
「お兄様のエッチ！！」
　静乃は怒ったように頬をプウッと膨らませて、俺を睨む。
　こりゃチョコレートパフェもつけた方がいいかも……
「功司君、いるー？」
　そこへ、またもやトラブルを引き起こすと思われるよく聞きなれた声が耳に入ってきた。
「み、瑞希！？」
「あっ、裏庭にいるのー？」
「バ、バカ！！コッチにくるな！！」
「えー？どうしてー？見られて困るものでもあるのー？」
　瑞希は不思議そうに尋ねながら、裏庭へと回ってくる。
「！！」
　そして、水浴びしているシーナを目撃し、そのまま固まった。
「こんにちわ、春日さん」
　シーナは軽く会釈をする。シャワー当番をしているマリィは引きつった笑顔を浮かべたままだ。
「功司君！！」
　一呼吸おいて、案の定瑞希は烈火のごとく怒りながら家の中へとあがって来る。
　ああ……また同じことを説明しなければいけないのか……
　俺はなんだか泣きたい心境になった。