「それじゃ、上がれよ」
　俺は目の前にいる異世界からやってきた客人、いや恋人に対してそう言った。
「エヘヘ……お邪魔します」
　沙夜は恥ずかしそうに顔を赤らめながら、大きなボストンバッグを持って家の中へと入ってくる。
　家の中は少し寒かったが、同時になんだか暖かいような気がした。
　とりあえず、俺は沙夜をリビングへと案内した。
　電気をつけて、暖房のスイッチをいれる。
「とりあえず、そこにでも座れよ」
「うん」
　俺は沙夜を促して、向かい側に座らせた。
　沙夜はどことなく緊張しているように見える。
「おいおい、そんなに固くならなくてもいいんだぜ？今日からここがお前の家になるんだから」
「う、うん……」
「どうした？なにか心配事でもあるのか？」
「うん……功司君のお父さんやお母さんにちゃんと挨拶できるかなぁ……って」
「なんだ。そんなことか」
　俺はハハハと笑った。
　無理もない。
　沙夜は実物のオヤジやオフクロと会うのは初めてになるんだもんな。
　まぁ、どうせあのオヤジのことだ。
　反対するどころか「よくやったぞ功司！！」なんて言うに決まってる。
　こういう時に理解力のある親って結構助かったりするんだけどな。
　しかし沙夜は、そんな俺の態度が気に入らなかったらしく、ムスッと膨れてしまった。
「笑いごとじゃないよぉ。あたしにとっては深刻な問題なんだから」
「いやぁわりぃわりぃ。沙夜がそんなこと言うと思わなかったから」
「酷いよぉ功司君！！あたしだって……」
「沙夜」
　俺は沙夜の言葉を途中で遮るかのように真剣な表情になって言った。
「言っただろ？ここが今日からお前の家だって」
「で、でもぉ……」
「それに心配するな。絶対にお前を悲しませるようなことはしないって」
「……うん！」
　少し暗く沈みがちだった沙夜の表情がパァッと明るくなった。
　その笑顔がとても眩しく輝いて見える。
　それにしても……
　信じられない気持ちでいっぱいだった。
　今こうして沙夜が俺の目の前にいる現実に。
　ひょっとして俺は今でも夢を見てるんじゃないか？
　ふとそんな考えがちらっと頭をよぎることもあったが、これは紛れもなく現実だ。
　ん？現実？
「あっ、そう言えば沙夜、お前学校とかどうするんだ？」
　俺は急に現実的な問題を思いだした。
　沙夜がここに住むのはいいとして、問題は学校だ。
　沙夜だって立派な高校生。しかしそれは向こうの世界の話であって、この世界では勝手が違う。
　一体沙夜はどうするつもりなんだろうか？
　しかし沙夜は、そんな俺の素朴な疑問にクスクスと笑った。
「大丈夫だよぉ功司君。ちゃんと用意してあるから」
「用意？」
「うん♪えっとぉ……住民票に編入手続きするための偽造書類とか……」
「ちょ、ちょっと待て！！偽造書類？？」
「そうだよぉ。だってこうしないと、あたし生活していけないもん」
　沙夜はあっけらかんとした表情で言ってのける。
　書類偽造って……やっぱ犯罪だよな……
　俺はそんなことを思いながらもあえてツッコミをいれないことにした。
「それじゃあ、これからよろしくね、功司君」
　沙夜がニッコリと微笑む。
「ああ」
　俺も笑顔でそうかえした。
　ま、なんにしても、よかったんだよなこれで。
　沙夜の来訪は俺のこれからの生活に、なにか楽しくなるようなものを予感させた。