「もぅ、功司君。早くしないと遅刻しちゃうよ」
「ちょっと待て。まだ今日の天気予報見てないから」
「今日はずっと晴れだよぉ。昨日の天気予報でそう言ってたもん」
「昨日は昨日、今日は今日だ」
「そんなに心配だったら折りたたみ傘もってけばいいじゃない」
「それもそうか……あっ」
「どうしたの？」
「朝シャンがまだだった」
「そんなのいつもやってないじゃない。ほら、功司君ってばぁ」
「わかったわかった」
　俺は沙夜に促されるまま家をでた。
　タイミング悪く木枯らしが吹いてきて、冬の寒さが肌に突き刺さる。
「さむっ！！」
「仕方ないよぉ。昨日だってたくさん雪が降ってたんだからぁ」
「それもそうか。じゃあ、また沙夜の人肌で温めてもらおっかな？」
「ちょ、ちょっと功司君！！そんな恥ずかしいこと言わないでよぉ！！」
　たちまち、沙夜は顔を真っ赤にしながら抗議の声をあげた。
「ははは。悪い悪い」
「もぅ……知らない」
　沙夜はプイッと横を向いて歩きだした。
　俺もその後をついていく。
　沙夜が転校してきてからはや１週間が過ぎようとしていた。
　最初はどうなることかとハラハラドキドキの毎日だったが、流石に最近は慣れて来たこともあって、心に余裕が持てるようになった。
　沙夜も環境に順応するのが早く、今では向こうの世界と何ら変わらない学園生活を当たり前のようにおくっていたりする。
　ただ、向こうの世界との相違点をあげるとすれば、美術部に在籍していないことだろうか。
　俺も沙夜に「美術部に入らないのか？」と尋ねたことがあるのだが、沙夜は笑いながらやんわりとそれを否定した。
　沙夜は他にやりたい部活があってそう言ったのか、それとも部活には入らないつもりなのかは、俺には判断ができなかったが、美術部には入らないことは確からしい。
　そして俺達はいつものように交差点へでた。
　ここで瑞希と合流し、三人で学校へ向かうのが、最近の朝の日課になっていたりする。
　しかし今日は、瑞希以外にもう一人、俺達を交差点で待っている人物がいた。
「おはよ、瑞希……あれ？」
　俺はその人物を見て、言葉に詰まった。
　途端にその人物はムスッと膨れ出して怒りだした。
「酷いです、お兄様！私の顔見るなり目を丸くするなんて！！」
「いやぁ、悪い悪い。まさか静乃とこんなところで会うとは思わなかったから」
「お兄様の意地悪！！」
　その少女、静乃は怒った表情で俺を睨む。そして急に、今にも泣き出しそうな顔になった。
「お兄様、どうして沙夜先輩がこっちの世界にいらしたことを、教えてくださらなかったんですか？やっぱり私なんかじゃお兄様の力になれないってことですか？」
「あっ……そう言えば……」
　静乃の言葉に俺はしまったと思った。
　沙夜が一緒だったと言うこともあって、最近は浮かれっぱなしだった。
　そのため瑞希は同じクラスだったから当然だとしても、中等部に通う静乃にこのことを報告するのをすっかり忘れていたのだ。
　ひょっとしたら、俺自身がどこか静乃に遠慮していたというか、避けていた部分もあったかも知れない。
　しかし静乃の性格を考えると、報告しないよりも報告しておいた方が騒動にならないということを、十分に熟慮しておくべきだった。
「わ、悪かった静乃！！謝る、この通り！！な？？」
「……本当に反省してますか？」
「本当だとも！！じゅーぶん、反省してるって！！」
「……じゃあ、ショートケーキ三個で許してあげます♪」
　それを聞いた静乃は途端に明るい表情になった。
　……謀られた……
　俺はそう感じずにはいられなかった。
「おはようございます、沙夜先輩」
　そして静乃は、何事もなかったかのように沙夜に朝の挨拶をした。
「おはよう、矢城さん。ゴメンね。あたしから直接言えばよかったんだけど」
「沙夜先輩は気にする必要ありませんよ。悪いのはお兄様なんですから。それに、ことのあらましは瑞希先輩から聞きましたから」
　静乃は笑いながらそう言った。
　どうやら最初から俺におごらせるつもりで先ほどの芝居をうったらしい。
　なんとも用意周到なことだ、と苦笑せざるを得なかった。
「こっちの世界でもよろしくね」
「はい！」
　沙夜の言葉に静乃は元気よく返事を返した。
「功司君、私にもショートケーキ３つね」
　その様子を微笑ましく見守っていた瑞希が、声をかけてくる。
「説明料とか言うんだろ？わかったよ」
「さっすが功司君。だから大好き」
　瑞希はニッコリと微笑んだ。
　そして俺達四人は、そのまま談笑しながら学校へと向かった。