俺達４人はリビングにいた。
　しかしそれは和気藹々としたものではなく、どこか緊張した重苦しい雰囲気が漂っている。
　四角いテーブルを囲んで座っている俺達４人の表情も、どこか真剣だ。
　テーブルの上には沙夜の入れてくれた緑茶が４つ、並んでいる。
「……で、だ」
　俺はコホンと軽くひとつ咳払いをした。
「一体何しにきたんだ？」
　そして、対面に座って緑茶をすする二人に問い正した。
　こんな時間の来訪といい、あの大きいバッグといい、冷蔵庫の中身を確認したことといい、どう考えても怪し過ぎる。
　絶対何か魂胆があるはずだ。
「答えてもらおうかな？」
「調査よ」
　瑞希が湯のみをテーブルにおいて、落着いた様子で答えた。
「調査？」
「そっ。功司君と璃月さんの生活調査。ほら、前に言ったじゃない。今度泊まりにくるって。ねぇ、矢城さん？」
「はい、瑞希先輩のおっしゃるとおりです」
　静乃もコクンと頷く。
「生活調査ねぇ……」
　果たして本当にそうなのだろうか？
　俺はいまいち、信用ができなかった。
　第一明日は学校だ。
　百歩譲って泊まりに来たとしよう。しかし、週末ならともかく、こんな平日に泊まりにくるだろうか？
　やっぱり怪しい。
「本当にそうなのか？」
「本当よ。それよりも功司君……」
　瑞希はコホンと咳払いをひとつすると、俺と沙夜の顔を見た。
「出してもらいましょうか」
「出す……って、なにを？」
「決まってるじゃない。功司君と璃月さんのニャンニャン写真」
「はぁ！？」
「えっ！？」
　瑞希の言葉に俺と沙夜は思わず素っ頓狂な声をあげて、そして互いの顔を見た。
　しかし気恥ずかしくなってすぐに視線をそらしてしまう。
　い、いかん……これじゃあまるでその存在を認めてしまってるようなもんじゃないか……
　案の定、その様子を観察していた静乃が険しい顔つきになった。
「瑞希先輩、やっぱり存在するようです！」
「やっぱりね……さ、隠し立てするとタメにならないわよ！？」
　瑞希は身を乗り出すような格好になりながらさらに追及してくる。
「そ、そんなもんないって！」
「そ、そうだよ春日さん！変なこと言わないでよぉ！！」
　当然、俺と沙夜は反論した。
　大体、そんな恥ずかしい写真とるわけねーだろうが……なんてこといったら間違いなく容疑が濃くなるから言わないようにしておくけど。
　すると瑞希がハァ〜っと、深いため息をついた。
「功司君、僭越（せんえつ）ながら功司君のお母さんも私と同じ『みずき』っていう名前なのよね。だから、私にも、本当のお母さんに話すように、正直に包み隠さず！話してほしいの！！」
「ちょ、ちょっとまてーい！！俺のオフクロは『瑞希』なんて名前じゃないぞ！？それに、何故そんなありもしない写真にこだわる！？」
「匿名の情報があったのよ」
「匿名の情報だぁ？」
「そう。功司君と璃月さんのニャンニャン写真があるって」
「……おいおい、まさかそれを本気で信じてるわけじゃないだろうな……」
　俺が苦笑すると瑞希の顔つきがより一層険しいものになった。
「委員長、大事な部分ですから、これは議事録に残りますから、大事な部分ですから、私はこの点明確にしておきたいと思います。功司君、璃月さんとのニャンニャン写真……」
「だからそんなもんないって。つーか、なんだよ委員長って？それに議事録に残るって……」
「委員長、お答えする前に、私も、これは調査人でやってまいりまして、誠心誠意質問してるんです。一方的に、私の話も聞かないで片方の主張だけ言われたんじゃ、多大な誤解を与えますし、それにですね、現実の世界と空想の世界の話なんかも混同されますと、私はこれはちょっと困るな、こう思ってるんですが」
「おいおい。一方的な主張をしているのは瑞希、お前の方だろうが。そんなヤバイ話を平気で……」
「功司君、そのやばいなどという表現はどこで出てくるのか。私は、本気で功司君のことを心配して、功司君のことを思って質問しているのに、それをですね、やばいだとかうそつきという表現は、どうしてこの場で言えるんですか！私は、それは、お互い幼馴染として行き過ぎがあってはいけないと、そう思っておりますが、委員長！この問題はですね、私の人権に関わることですよ！？それをですね、嘘つきだの疑惑の総合商社だの、言われる筋合いはないんだ！！」
　瑞希はダン、とテーブルを力強く叩くと、無言のまま座りなおして緑茶をすすった。
　どうやら落着いたらしい。
　このごろの瑞希……よくわからないこと口走るからなぁ……
　委員長って誰だよ一体？
　口調まで変わってたし……どうやらテレビが悪影響を与えると言うのは、まんざら間違いではないらしい。
　ああ……沙夜なんかとなりでポカーンと目を丸くしてるよ……
「……気がすんだか？それじゃあ、そろそろ本当の目的を教えてもらおっかな？」
　気を取りなおして再度、俺は同じ質問をした。
　瑞希が少しうつむきながらぼそぼそと語り始める。
「あのね……お父さんってば酷いの」
「はぁ？おじさんがどうかしたのか？」
「私と顔あわせる度に勉強しろ勉強しろ、って口うるさいの。私はロボットじゃなくって年頃の女の子なのよ！？それなのにお父さんってば私のことなんかちっともわかってくれないんだもん！」
「それで？」
「だから、家出してきたの」
「はぁ！？」
　家出って……瑞希のやつなに考えてるんだ？
　まぁ、気持ちはわからんでもないが、なにも静乃まで巻きこむことは……って、ひょっとして！？
　俺はすぐさま静乃の方に視線を移した。
　静乃は待ってましたといわんばかりに口を開く。
「聞いてくださいお兄様！お父様ってば酷いんです！！私に婚約しろ、だなんて言うんですよ！？」
「け、桂介おじさんがそんなことを！？」
　婚約って……まだ中学生だろ？静乃は……
　おじさん一体何考えてるんだ……
「ひょっとして……静乃、お前も……」
「はい。家出してきちゃいました」
「……やっぱり……」
　俺はガックリとうなだれた。
　ああっ……俺と沙夜の楽しい夜の生活が……ってちがーう！
　俺はそんなことを心配してるんじゃない！！
　……半分はそうだけどさ……
「そういう事情じゃ……仕方ないかな？二人ともゆっくりしてくといいよ♪」
　沙夜は沙夜で歓迎してるし……
　まったく仕方なくないように思えるのは、俺の気のせいだろうか……？
　いいや気のせいじゃない……
「そういうわけで、よろしくね功司君」
「しばらくの間お世話になります、お兄様」
　二人ともペコリと俺に頭を下げる。
「……帰れ」
　そんな二人に俺は容赦なく非常な言葉を言い放った。
　瑞希と静乃は顔を見合わせると、信じられないといった表情で俺を見る。
「……今、なんて……？」
「帰れって言ったんだ。今ならまだ許してもらえる時間だぞ？」
「功司君……酷い……」
　瑞希が瞳を潤ませながら目頭のあたりをハンカチで抑える。
「私達家出してきたのに……功司君は私達のような家なき娘に、こんな寒空の中路頭に迷えって言うのね！？」
「だ、誰もそんなこといってないだろうが！！」
「いいわよ……どーせ私は捨てられた女……あっちの世界でもこっちの世界でも、家なき娘になる運命なんだわ……」
「私……お兄様がそんな薄情な人だったなんて、知りませんでした。昔のお兄様はもっと心が広くて優しくて、とっても温かいお方だったのに……」
　静乃も瑞希にならって同じような動作をとる。
　まったく……古臭い演技しやがって……
　そんなんで騙されるやつが……
「功司君……泊めてあげようよ。カワイソウだよ」
「さ、沙夜！？」
　騙されたやつがここに約一名いたよ……
「あたしだって功司君の家に住むことができなかったら家なき娘になるところだったんだから」
「うーん……」
「ねぇ功司君……お願い……」
　うっ……さ、沙夜……
　甘い声だしながらそんな目で俺を見ないでくれ……
「……わかったよ」
「えっ？」
「瑞希も静乃も泊めればいいんだろ？」
「ホント！？ありがとう、功司君！！」
　沙夜はまるで自分のことのように喜ぶ。
　ふっ……甘いな、俺も……
　気がついたら瑞希と静乃がジド目で俺を睨んでいた。
「功司君……璃月さんには甘いのね」
「女の子にはもっと優しくするべきだと思うんですけどぉ？」
「な、なにいってるんだ！？俺は誰にだって優しいぞ！？」
「そうかしら……まっ、事情は納得して貰えたようだし、よろしくね功司君」
　瑞希はニッコリと微笑む。
　いつもこんな顔だったらカワイイんだけどなぁ……
「そう言えば、瑞希」
「なあに？」
「お前に、でまかせの情報吹き込んだのって、一体誰なんだ？」
「えっ？知りたい？」
「すっごく知りたい。おかげで大迷惑だ。一言文句いってやらないと」
「でも……情報源の守秘義務はちゃんと守らないと……」
「もったいぶらずに言えよ。お前には迷惑かけないから」
「うーん……どうしよっかなぁ……」
　瑞希は少し考えこむ仕草をみせながら横目でちらっちらっと俺をみる。
「なぁ、頼むよ瑞希。この通り！」
「はぁ……仕方ないなぁ……」
　瑞希は軽くため息をついた。
「いいよ、教えてあげる」
「おおっ！で、誰なんだその情報源とやらは！？」
「その人のプライバシーに関わるから詳しい身元は伏せるけど、情報を提供してくれたのは聖遼学園２年Ｃ組のＭ．Ｋさんよ」
「ふむ……」
　つまりそのＭ．Ｋとやらが諸悪の根源なわけだな。
　しかも２年Ｃ組といったら俺達のクラスじゃないか！
　まったく、一体誰だよＭ．Ｋって……Ｍ．Ｋ！？
　Ｍ．Ｋ……エムケー……ミズキカスガ……
「瑞希、お前のことじゃないか！！」
「あれ！？なんでわかっちゃったの！？」
　瑞希は驚いたように目を丸くする。
　わかるっつーの。
　つまり、こいつの自作自演だったわけだな。
「まぁ、それは置いておくとして」
「置いとくなよ」
「ニャンニャン写真はどこ？」
「あのなぁ……」
　聞いちゃいなかった。
「だから、そんなものはないって！」
「本当かしら？まぁ、夜は長いんだし……ね？矢城さん」
「はい、瑞希先輩」
　瑞希の言葉に頷く静乃。
　こいつら……絶対家捜しするつもりだ。
　はぁ……先行きが思いやられるぜ……
　そして沙夜の発案によって、瑞希や静乃を交えて、ババ抜きをしながら夜が更けていくのであった。