チャイムが鳴って昼休み。
　俺は学食へ１番乗りを果たしていた。
　まぁ、フライングしたんである程度予想はしていたけど。
　学食の中は嵐の前の静けさというか、シンと静まり返っている。
　昼休みの学食は文字通り『戦場』となり、席の確保はまさに熾烈を極める。
　なので、学食に来たらまずやるべきことは「席の確保」なのだ。
　とりあえず、４人掛の席を確保し、優季の到着を待つ。
　学食の中は徐々に生徒の数が増していき、５分も経たないうちに喧騒に包まれた。
　優季の姿は……お、いたいた。
　学食に入ってくる生徒達の中に、優季の姿もある。
「おーい、こっちこっち」
　俺は優季に手を振ると、優季も俺に気がついてこっちにやってきた。
「貴明さん、待たせちゃいましたか？」
「そんなに待ってないよ。っていうか、早くこないと席の確保ができないしね」
「えっ？それじゃあ授業をサボって……」
「まさか。今日は授業が早く終わったから、フライングで来ただけだよ」
「そうだったんですか」
「というわけで、俺が買ってくるから優季はここで待っててくれ。何食べる？」
「貴明さんと同じモノがいいな」
「わかった」
　俺は優季に席の確保を任せると、食券の券売機へと向かう。
「とりあえず、Ｃランチでいいか」
　俺は券売機に硬貨を投入し、Ｃランチのボタンを２回押す。
　Ｃランチはご飯に味噌汁、鳥のから揚げ、野菜サラダ、デザートのプリンがついた定番メニューだ。
　だから結構人気も高かったりする。
　二枚の食券をカウンターに出し、トレイに乗せたＣランチを受け取る。
　そしてそれの２つをもって、優季の元へと戻った。
「お待たせ」
　俺はひとつを自分の前に、もうひとつを優季の前へと置く。
「貴明さん、ありがとうございます」
　優季はペコリとお辞儀をして、にっこりと微笑む。
「それじゃあ食べよっか」
　俺も優季の対面に座った。
「はい、いただきます」
「いただきます」
　二人して手を合わせて食事の挨拶。
　そして互いに笑った。
　きっと以前の俺だったら、そんな「いただきます」なんて言わずにそっけなく食べるだろうけど。
　これも優季の影響なんだろうな。
「それにしてもすごい人の数ですね」
　学食初体験の優季が目を丸くしながら辺りをキョロキョロと見回した。
「そりゃそうさ。この学校って、結構人が多いから。だから早く食べないと他の人の迷惑になるから、ゆっくり食べるってことできないんだよな」
「そうなんですか……」
　優季は何か考え込む仕草を見せながら、から揚げを一口かじる。そして再び何かを考え込む仕草を見せた。
「どうかしたの？」
「え？ええ、ちょっと……」
　優季はそう言ったきり、再び黙りこくってしまう。
　一体どうしたんだ？
　しばらく優季の表情を観察するが、何を考えているのかさっぱりわからない。
　やがて優季はおもむろに口を開いた。
「あ、あの……」
「なんだい？」
「も、もし……私がお弁当作ってきたら、貴明さん食べてくれますか？」
「えっ？」
「そ、その……ここじゃゆっくりお話しできませんし、貴明さんともっとゆっくり落ち着いてお昼を食べられたらなぁ……って……」
　優季の声がだんだんと小さくなっていき、上目遣いで俺を見る。
「……食べて……くれますか？」
「もちろん！」
　俺ははっきりと答える。
「本当ですか！？よかったぁ……」
　途端に優季は笑顔になった。
　まぁ、かわいい彼女の手作り弁当を断わるなんて真似、俺には出来ないけどな。
「それで貴明さん、リクエストとか何かあります？」
「リクエスト？」
「はい！何でも言ってください！私に作れるものでしたら頑張りますから！」
　優季は張り切った様子で嬉しそうに声を弾ませる。
「そうだなぁ……」
　いきなりリクエストって言われても、とっさに思いつかなかったりするんだが。
「じゃあ……」
「鳥のから揚げで」
「鳥のから揚げですか？わかりました」
　優季はコクンと頷く。
　……って、今のは俺の言葉じゃないんだが。
　一体誰が……
「げっ！？」
　俺は突然横に現れた人物を見て、言葉を失う。
　それは雄二であった。
　雄二は何やらニヤニヤしながらトレイを横に置くと、有無を言わさず俺の隣に腰掛ける。
　そしておもむろに俺と優季の顔を見比べると、俺に話しかけてきた。
「やあ貴明君。君には笹森さんと言う立派な彼女がいるのに、これは一体どういうことなのかな？んー？」
「笹森さんは彼女じゃないし。俺の彼女はソコにいる優季なんだけど……」
「…………」
　優季は恥ずかしそうに俯いてしまう。頬が真っ赤だ。
「ほーう……彼女ねぇ……」
　雄二はウンウンと頷くと、途端に両手で俺の首を絞めてきた。
「貴様！！いつのまにこんなかわいい女の子とお近づきに、しかも彼氏彼女な関係までに進展したんだ！？」
「ぐ、ぐるじい……」
「貴明！俺はなぁ、とっても悲しいぞ！親友の俺との昼食よりも彼女とイチャイチャするほうを選ぶなんて、お前はいつからそんな軟弱な男になったんだ！？えっ！？」
「や、やめろ……っでば……」
「ちきしょー！！俺にもその幸運をよこせー！！」
「あ、あの……もうその辺にしておいたほうが……」
　見かねた優季が助け舟を出してくれたおかげで、雄二はようやく手を離す。
　あー、本当に死ぬかと思った。
「初めまして。ボク、貴明の親友で、向坂雄二っていいます」
　そしてちゃっかり、自己紹介を始める。
「あ、はい。私、貴明さんと親しくお付き合いをさせていただいております草壁優季と申します」
　優季もつられるように自己紹介をする。
　すると雄二は、再び俺の方を向いた。
「貴明、こんなかわいい彼女どこで見つけてきたんだ？正直、お前にはもったいなすぎる。不釣合いだから俺に譲れ」
「真顔でそんなこと言うか普通？」
「悪かったな。俺はいつだって、真剣に恋に生きる男なんだ」
「あーはいはい。でも譲る気ないから。優季は俺の彼女だし」
「貴明さん……」
　優季は再びポッと頬を赤く染めると下を俯いてしまう。
「このヤロー！！こんなところでノロけてるんじゃねー！！」
　その態度がますます雄二の怒りに拍車をかけ、今度は背中を思いっきりつねってくる。
　こうして途中で雄二も交えることになった優季の初めての学食は、散々なものになったのであった。