チャイムが鳴っての昼休み。俺と優季は中庭のベンチに腰掛けていた。
　優季の傍らには、バスケットとステンレスボトルが置かれている。
　優季との約束で、今日はここで一緒に昼食を食べることになっていた。
　昨日の屋上の昼食会では散々な目にあったので、今日の昼食はこのみやタマ姉にはご遠慮願っていたりする。もちろん、雄二にも、だが。
　だから今日が、俺の中では初めての記念日、ということになっている。
　穏やかな日差しの中、静かな環境で風に耳を傾けながら優季と一緒の昼食――
　うーん、なんていい雰囲気なんだ。
　本当は毎日毎日お弁当作ってきてもらうのは大変だから断ったのだが、昨日の出来事に優季も納得がいっていないらしく、断っても作ってくると言い張ったので、俺も優季にお願いした。
「で、今日はどんなお弁当作ってきたんだ？」
「はい、これです」
　優季はいつものように、にこやかに微笑みながらバスケットをあける。
「おっ。サンドイッチか」
　俺はその中に入っている食べ物に、ある種の懐かしさを覚えた。
　バスケットの中には、サンドイッチと、鳥のから揚げが詰め込まれていた。鳥のから揚げの下にはレタスが敷き詰められている。
　三角形に切られたパンと、その中に挟みこまれた色とりどりの食材が、見た目にも鮮やかで、食欲をそそる。鳥のから揚げの香ばしい匂いが、さらに食欲を増進させた。
「凄いご馳走じゃないか」
「はい。貴明さんのために、頑張っちゃいました」
　優季はにっこりと微笑む。
　ああ、なんて俺は果報者なんだ。
「どうぞ召し上がれ」
「それじゃあ遠慮なく」
　早速バスケットの中にある、ハムとレタスのサンドイッチを手にとって、口の中へと入れる。
「……どうですか？」
「うん、とってもおいしいよ」
　俺は瞬く間にハムとレタスのサンドイッチを平らげてしまった。
「よかった」
　優季はステンレスボトルのふたを開けると、カップに紅茶を注いで、俺に手渡した。
「貴明さん、どうぞ」
「サンキュ」
　俺はカップを受け取り、紅茶を口の中へと流し込む。
　ゴクゴクゴクと、音を立てながら心地よい温度の紅茶が喉を流れていった。
「この紅茶もおいしいなぁ」
「はい。パックじゃなくて、茶葉を使いましたから」
「へぇ」
　優季は俺から空になったカップを受け取り、ベンチに置くと、おもむろにタマゴサンドを手に取った。
「はい、貴明さん。あーん」
「あーん」
　俺はためらうことなく口をあける。
　ああ、なんて俺は幸せ者なんだ！！
　雄二、ホントすまんな。お前も早く彼女見つけろよ。
　タマゴサンドはゆっくりとした速度で、俺の口の中へと近づいていく。
　しかし――
　俺の口の中に入ろうとしたまさにその瞬間、不意に黒い影が横切り、次の瞬間優季の手からタマゴサンドが忽然と姿を消していた。
「……えっ？」
「……あっ！？」
　一瞬の出来事に俺達は互いに顔を見合わせ、その黒い影を見る。
　そして絶句した。
　そこには、したり顔でタマゴサンドをほおばっている少女の姿があった。
「さ、笹森さん……」
　俺はやっとの思いで、その少女の名を口にする。
「もぐもぐ……うーん、このまったりとした、タマゴの味がなんとも……」
　笹森さんはサンドイッチをあっという間に食べてしまうと、やけに偉そうな態度で俺達の前に立ちはだかった。
「不純異性交遊はよくないよたかちゃん？しかもこんな真っ昼間から堂々と。イチャイチャし過ぎの校則違反で退学モノね」
「……そんな校則あったっけ？」
「細かいことは気にしちゃダメ！宇宙の神秘に比べたら、小さすぎることなんだから。まぁ、それはともかく……」
　笹森さんはコホンと咳払いをひとつすると、いきなり優季をビシッと指差した。
「貴方が、時を駆ける少女（タイムトラベラー）草壁優季ね！？」
「えっ！？あ、は、はい」
　笹森さんの鬼気迫る迫力に、優季は思わず頷く。
「タイムスリップなんて超常現象を体験するとはなかなか見上げた根性だけど、あたしのたかちゃんをたぶらかさないでちょうだい。おかげで、部活動に致命的な支障が出てるんだから」
　笹森さんは腕組みしながら高圧的な態度で優季に説教を始める。
「す、すみません……」
　優季はそんな笹森さんに対して、ぺこぺこと頭を下げる。
　そんなに低頭にならなくてもいいと思うんだが。
　第一、俺はいつから笹森さんのものになったんだ？
　それに、あの怪しげな部活なんか、俺は全く協力する気はないし。
「というわけで、草壁さんはたかちゃんと一緒に、放課後ミステリ研の部室まで出頭するように。以上！」
　笹森さんは偉そうなことを言うと、次の瞬間、目にも止まらぬ速さでバスケットの中から全てのたまごサンドを強奪していた。
「あっ？」
「これは没収するから」
　笹森さんはにこっと笑うと、あっという間に去っていく。
「……なんだか大変なことになっちゃったな」
「そうですね」
　声をかける俺に対して、優季は心配そうな表情を見せるどころか、何故か楽しそうな表情を作っていた。