授業も終わって放課後。
　俺と優季は、笹森さんからの呼び出しを受けて、ミステリ研究会の部室である体育館倉庫へと来ていた。
　授業が終わってからすぐ来たつもりだったのだが、笹森さんは既に準備万端といった感じで、俺達を待ち構えていた。
　早くも波乱の予感が漂う。
　とんでもないことにならなければいいけど……
「それじゃあみんな、席について」
　笹森さんに促されるまま、俺達は長机の前に置かれたパイプ椅子に腰掛ける。
「えー、それではこれより、第１３６７回定例部会を始めます」
　笹森さんは白いチョークを使ってカリカリとボードに文字を書き込んだ。
「そんなに定例部会やってないような気がするんだけど……」
「たかちゃん細かすぎ！」
　俺のツッコミに、笹森さんはムッとした表情を見せる。
　しかしすぐさま気を取り直したのか、コホンと咳払いをした。
「それでは、本日の議題です」
　笹森さんは軽やかな動作でボードに文字を書き込んでいく。
「本日の議題は、これ！」
　チョークを置いた笹森さんは、バンとボードを叩いた。
『えーっ！？』
　その議題に、俺と優季は同時に声を上げる。
　その議題とは――
「『タイムトラベル』よ！」
　笹森さんが俺達の心の叫びを代弁してくれる。
「まさに『ミステリ研究会』に相応しいテーマよね！」
　笹森さんは腕組みしながらうんうん頷く。
「もちろん、嫌とは言わせないわよ？」
　そしておもむろに優季を指差す。
「草壁優季さん、あなたがタイムトラベルして、たかちゃんを交通事故から救ったことや、それが縁でラブラブな関係になったことはちゃんと調べがついてるんですからねっ！」
「ど、どうしてそれを……」
　優季が目を丸くし、驚きの仕草を見せる。
「あたしを甘く見てもらっちゃ困るんよ」
　笹森さんは腕組みして、偉そうな態度を見せる。
　何処からその自信は出てくるんだろう……
　いや、それ以上に不思議なのは、何故優季の秘密を知っているかということだ。それも、余計なことまで。
　一体どうやって……
　……待てよ……
　……そういえば昨日の屋上での昼食会、妙な視線を感じてたけど、ひょっとして笹森さんがずっと監視してたんじゃ……
　……ありうるな。十分。だとしたら、納得いく説明がつくし。
「全く困るんよね。あたしを差し置いてタイムトラベルなんていう超常現象体験したり、たかちゃんといちゃついてサークル活動を妨害したり。というわけで」
　笹森さんはおもむろに、優季の前に紙とサインペンを置く。
「謝罪と賠償も兼ねて、この紙にサインしてね」
　そして、その紙をトントン、と人差し指で叩いた。
　笹森さんが優季の前に置いた紙、それはまさしく、入部届けの紙であった。
　どさくさにまぎれて、一体何をしてるんだ……
「さ、笹森さん、それはちょっと……」
「えっと、ココにサインすればいいんですね？」
　優季はおもむろにサインペンを取ると、入部届けの氏名欄に自分の名前を書いた。
「ちょ、ちょっと。それ書いたら、ミステリ研の一員になるって、わかってるわよね！？」
　よほど予想外の反応だったのか、逆に笹森さんが目を丸くしている。
「わーい。貴明さんと同じ部活だー」
　優季は事の重大さをわかっているのかわかっていないのか、のんきなことを口にする。
「……ちょっとたかちゃん。こんな娘、一体どこから勾引かしてきたんよ？」
「俺は誘拐犯かよ……」
　笹森さんの不真面目な質問に、俺は即座に否定する。
「まぁ、いいわ」
　笹森さんはコホンと咳払いをすると、サインしたばかりの入部届けを持ち、優季を指差した。
「ミステリ研はとっても厳しいわよ？ビッシビッシ鍛えてあげるから、覚悟してよね！！」
　なんか物騒なこと言ってるし……
　俺はハラハラどきどきしながら、優季を見る。
　すると優季は、一瞬人差し指を口元に当てて考え込む仕草を見えた。
　何か企んでる！？
　俺はすぐさま直感した。
　優季の奴、一体何を企んでるんだ？
　俺の視線を感じ取ったのか、優季はすぐに笑顔を作り、口を開いた。
「よろしくね、かもりん」
　そして思いもよらない一言。
『か、かもりん！？』
　今度は俺と笹森さんの声がハモった。
　優季の奴、いきなりなんて事を……ん？
　俺はてっきり笹森さんが「馴れ馴れしくしないでよ！！」などと怒り出すものと思っていたが、なんだか様子がおかしい。
　怒り出すどころか、むしろ口元を緩ませ、嬉しそうな表情を作っている。
　そして次の瞬間。
「こちらこそよろしくね、ゆっきー！今日からあたし達は、心の友よ！！」
　喜びを爆発させて、優季の両手を握り締めると、ぶんぶんと上下に動かした。
「……一体どうなってるんだ？」
　俺は優季にささやきかけたが、彼女はただ笑顔を返すだけで、何も語ろうとはしなかった。
　……まぁ、丸く収まったようだし、ヨシとしなければいけないかな？