再び駅前に戻ってきたシェラは腕時計を見た。

　バスが来るまでまだ３０分ほど時間がある。

「ゆっくり待つとしますか」

　シェラはベンチに腰掛けると先ほど購入してきた文庫本を開いた。

「……………………」

　シェラはそれを黙々と読み始めた。

　車の音や電車の音が休むことなく聞こえてきて、耳に心地よい刺激を与える。

　やがてどれくらい時が経ってからであろう。

「あの、ちょっとよろしいですか？」

　ふと、シェラは誰かに声をかけられた。

「なんですか？」

　シェラが訝しげに顔をあげると、痩せ型の少年が立っている。

「ボク、今読書で忙しいんだから、邪魔しないでよ。ルディ」

「いきなり台本と違うこと言わないでくださいよ」

「だって、おもしろくなってきたところだったんだもん。で、何？」

　ルディは苦笑しながら言葉を続けた。

「あなたは神を信じますか？」

「信じないよ。じゃあね」

「そ、それも台本と違うじゃないですか」

　つれない態度のシェラに、ルディの表情は苦笑しっぱなしだ。

「もぅ、しょうがないなぁ……」

　シェラはため息をつくと、本をパタッと閉じた。

「で、何のよう？」

「実はですね、今ヤハムートゥ教と言うのを布教しているのですが、よろしければ拝ませてください」

「拝ませて、ねぇ……」

　シェラはその言葉にある過去の記憶が蘇ってきた。

　それはとある本屋で立ち読みをしている時のことであった。

　３人ほど並んで立ち読みしていたシェラは、突然見知らぬ怪しげな異国人に『ちょっといいですか？あなたはＵＦＯ信じますか？』と声をかけられたのだ。しかも、何故か両隣の人には声をかけなかったので、ひょっとして宗教受けする雰囲気を持ってるのかなぁ、と一時期本気で悩んだのだった。

「……って、湖さんそんな経験まであったの？」

　……まぁ、一応。

「ふーん。なんとなくわかるような気もするけど」

　こら、それはどーゆー意味だ？

「なんでもないよ。でも……」

　でも？

「神官のルディに『あなたは神を信じますか？』っていうセリフはちょっと苦しくない？」

　細かいことは気にするな。

「それに、そんな名前の宗教だったっけ？」

　俺も詳しく覚えてないんだから仕方ないだろ？それよりもさっさと戻ってくれ。

「はーい」

「ちょっと話は脱線しちゃったけど、別に構わないよ。ボクでよかったら」

　シェラはルディの申し出に笑顔で答えた。

「ありがとうございます」

　ルディも嬉しそうに笑う。

　新興宗教と言えば拉致監禁が近頃の相場ではあるが、例え拉致されそうになったとしても派出所が近くにあるためそんなことされるのは考えにくい。

　いくらダメ警察の呼び声が名高い長野県警でもこーゆー時は頼りになるものだとシェラは考えた。

　そして、なによりもシェラは興味本位でなにかネタになるんじゃないかなとその申し出を承諾したのであった。