日付ももうすぐ変わる２３時。シェラは長野駅のホームにいた。新幹線で帰ればいいものを、駄々をこねて松本経由で帰ることにしたのである。

「ボクってすんごく不幸……」

　シェラは大きくため息をついた。駅の売店は既に閉められ、駅弁も売っておらず、食料も心もとない。

「ボクってどうしてこんなに不幸なんだろ……」

　シェラはもう一度大きくため息をついた。

　夜風がやけに身にしみる。そう言えば懐もこのところヒューヒュー風が吹いてる状態だ。

　わざわざ高いお金を出して、遠回りして帰るという人の気が知れない。

「誰のせいで……」

　シェラは独り言を呟くのを止めて、三度大きなため息をついた。

「行こ……」

　そして人気のほとんどない星空の浮かぶ駅のホームをとぼとぼと歩く。

　目的の電車はすぐに見つかった。

　『急行アルプス号』。

　それは長野を始発、新宿を終着とした急行列車である。

　長野から篠ノ井まで信越本線を通り、そこから松本へ向けて篠ノ井線に入る。そして松本から塩尻、辰野といった中央本線の駅を経由して新宿へと向かうのだ。シェラの目的地は、その一歩手前の八王子であったが。

「特急あずさかぁ……どーせだったらワイドビューしなののほうがよかったなぁ……」

　スカイブルーのラインが入ったおなじみの電車を見て、シェラはぼそっと呟いた。

　あずさとしなのでは、乗り心地が格段に違う。この不満は当然といえば当然だ。

「ふぅ……」

　シェラは自由席禁煙車両へと乗り込んだ。車内はガラガラで、一人が二席分確保しても文句を言われなそうなくらい、空いている。

「指定とらなくて正解だったかも」

　シェラは先程購入した自由席急行券を見て、かすかに微笑んだ。

「さーて、ゆっくり帰るかな」

　シェラは大きく背筋を伸ばすと、椅子を倒して楽な姿勢になりながら車窓をぼんやりと眺める。

　やがて発車を継げるホームのアナウンスが流れ、ドアがしまると、電車はゆっくりと走り出した。