ミーシャの部屋は２階の廊下の突き当たりにあり、位置としては華允の部屋の丁度反対側、ファトラの向い側の部屋になる。
　彼女達がこちらの世界に来た当初、華允が「どの部屋を自分の部屋にしたい？」と聞いたが、真っ先にこの部屋をリクエストしたのがミーシャだった。
　理由は不明だが、どうやらテラスがあり、上の屋根に登ることができるということが大きな要因をしめていたらしい。
「ミーシャ！！」
　華允は勢いよくドアを開けた。そして真っ先に目に飛び込んできた光景はベッドの中で目を閉じているミーシャの姿であった。
　だが、なにか様子がおかしい。
　赤く染まった頬。
　荒く不規則な息遣い。
　そして、汗を浮かべながら苦しそうにしている表情。
「ケ、ケイン……おはよ……」
　ミーシャは微かに目を開けると、苦しそうに途切れ途切れの言葉を発した。
「ミーシャ！！」
「ミーちゃん！！」
　華允とファトラはミーシャの元に駆け寄った。
「おい、しっかりしろ！！大丈夫か！？」
「こ、これが……大丈夫なように見える……？」
「ミーちゃん！！死んじゃイヤ！！」
　そのいたいけなミーシャの態度に、ファトラは泣き出してしまう。
「ケーちゃん！！このままじゃミーちゃんが死んじゃう！！助けてあげて！！ねぇ！ミーちゃんを助けてよ！！」
「落ち着け！！いきなり死ぬときめつけるな！！」
「だって！だって！！」
「お前がそんなことじゃ、余計にミーシャの病状が悪化するぞ！！」
「ご、ごめんなさい……」
　華允はファトラを落ち着かせると、右手でミーシャの額を触ってみた。
「うわっ！！凄い熱だ！！」
　冷えきっていた手が、みるみる温かくなっていく。
　苦しそうなミーシャの表情が、一瞬緩んだ。
「あっ……」
「ミーシャ、気がついたか？」
「うん……あんたの手って……とっても冷たいんだね……」
「ああそうだよ。気持ちいだろ？」
「うん……」
　朦朧（もうろう）とした意識の中で、ミーシャは小さく頷く。その様子をファトラが心配そうに見守っていた。
「ケーちゃん、どう？」
「多分……風邪じゃないかな……」
「ホ、ホントにそうなの！？嘘じゃないよね！？」
「断定はできないから何ともいえないけど……とりあえず、ファトラはタオルと水を入れた洗面器を持ってきてくれるか？あ、水の中にはちゃんと氷もいれてくるように。俺は風邪薬と体温計を探してくる」
「う、うん！わかった！！ミーちゃん待っててね！！」
　ファトラは脱兎の如く部屋を飛び出していった。
　続いて華允もミーシャの部屋を後にする。
　確か薬箱はタンスの中だよな……
　華允は自分の部屋に戻ると箪笥（たんす）の中を物色して薬箱を発見し、それを持って大急ぎでミーシャの部屋へと取って返した。
　苦悶の表情を浮かべていたミーシャは華允の姿を確認すると、少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「ミーシャ、薬を持ってきたぞ。とりあえず熱を計れ」
　華允は薬箱から体温計を取り出し、それをミーシャに手渡す。デジタル式の１分で計れる、きわめて安全なやつだ。
　ミーシャはぎこちない動作でそれを受け取った。
「あ、あんたが使った体温計使わなきゃいけないなんて……なんかヤダな……」
「文句言うな。これしかないんだから仕方ないだろ」
「そっか……なら……これで我慢してあげる……」
　ミーシャは体温計を自分のパジャマの中に入れて脇に挟みこんだ。
「ねぇ……」
　再びミーシャが弱々しい言葉使いで話しかけてくる。
「なんだ？」
「あたし……死ぬのかな……」
「バカ。んなわけねーだろうが」
「でも……」
「そんな弱気でどーする。そんなことじゃ治るもんも治らねーぞ」
「そ、そうだよね……」
　ミーシャは弱々しく笑う。病気は病人を弱気にさせると言うが、今のミーシャに普段の面影は微塵も感じられない。
「お待たせ！！」
　その時、丁度ファトラが台所から戻ってきた。
　洗面器の中にはあふれんばかりの水が入っており、そこに山ほどの氷が浮かんでいる。
「ミーちゃんどこも痛くない！？今、頭を冷やしてあげるからね！！」
　ファトラが冷水に浸しておいたタオルを絞る。それに呼応するかのように体温計のアラームが鳴った。
　ミーシャは体温計を取り出して自分の熱を確認する。すると、ただでさえ悪い顔色がさらに悪化していった。
「もう……ダメ……」
「どれ、見せてみろ」
　華允はミーシャから体温計を受け取る。
　『３９.２』。体温計の数値はそう指し示していた。つまり３９度２分である。
「ミーちゃんカワイソウ……少しじっとしててね」
　ファトラはタオルをミーシャの額の上にそっとのせた。
「どう？気持ちいい？」
「うん……ありがとうお姉ちゃん……」
　ミーシャは静かに呟くと、そのままスースーと寝息を立て始めた。
「ミ、ミーちゃん！？」
「やめろファトラ。どうやら眠ったようだ」
「そ、そう……」
　ファトラもホッと、安堵のため息をつく。
「それでケーちゃん、ミーちゃんは風邪なの？」
「ああ、多分そうだと思うけど……一応医者に来てもらうことにするよ」
「お願い！！ミーちゃんを助けてあげて！！私、ミーちゃんの苦しそうな姿なんて見たくない！！」
「落ち着けって。病人が寝てるんだぞ。そんなにうるさくすると、ミーシャが起きちまうぞ？」
「ご、ごめんなさい……」
　華允の言葉に冷静さを取り戻したファトラは、下を俯（うつむ）いてしまう。
「とりあえず、お前はミーシャの朝食を作ってくれ。俺は医者に電話してみる」
「う、うん！！あ、でもその前に……」
　ファトラはミーシャの額からタオルをとると、冷水の入った洗面器の中にいれて硬く絞り、再びミーシャの額の上にのせた。
　一瞬ミーシャの表情が歪むが、すぐに気持ちよさそうにスースーと寝息を立て始める。
「これでしばらくは大丈夫かな？ミーちゃん、すぐ戻るから待っててね」
　ファトラは申し訳なさそうに話しかけると、そのまま部屋を出ていった。
「さて、俺も電話かけないとな」
　華允もミーシャの様子を確認すると、医者に電話をかけるために部屋を後にした。
　時計の針は５時４０分を指し示していた。