「ふぅ〜いい湯だなぁ〜」
　広い浴場にただ一人、ポツンと湯船につかっている華允は、タオルで汗をふきながら今日一日の疲れをとっていた。
　おそらく今ごろファトラ、ミーシャ姉妹は星空でも眺めながら露店風呂にでも入っているのだろう。
　そんな楽しそうな光景が華允の中に浮かんでくる。
「ステキ……なんてロマンチックなのかしら」
「ミーちゃん、やっぱケーちゃんも一緒だった方がよかったんじゃない？」
「お姉ちゃん何いってるの！！あんなヤツが一緒だったら何されるかわからないわよ！！」
「でも……ケーちゃんも一緒だった方が絶対に楽しいと思うんだけどなぁ」
「いいのよあんなやつ。エッチでスケベで、どーしようもないバカなんだから」
「そんなこと言って……少しおっきくなったお胸、ケーちゃんにも見せてあげればいいじゃない」
「お、お姉ちゃん！！変なこと言わないでよ、も〜〜っ！！」
「あれぇ？ミーちゃんの顔真っ赤だよ。タコさんみたい」
「お姉ちゃんのバカ……」
　……………………
　いかん、何を想像してるんだ俺は……
　華允はあまりの恥ずかしさと罪悪感に、湯船の中へと顔を沈めていった。
　ミーシャがこの牧場へ来たがっていた目的が判明したのは、彼女達が牛から降りてまもなくのことであった。
「おまたせしましたー」
　少し待っててください、といい残して姿を消していた聖が、牛乳瓶をいれた木箱を持って再び現れた。
「絞りたての牛乳です。もしよろしければ是非飲んでみてください」
「ホント！？ありがとう！！」
　待ってましたとばかりに目の色を変えたミーシャが、それを受け取ると柵の上に腰掛け、ゴクゴクと一気に飲み干した。
「お代わり！」
　そしてすかさず、空の牛乳瓶を差し出す。
「うわぁ。すっごい飲みかたですね」
　感心したように聖はそれを受け取ると、違う牛乳瓶を渡す。
「そんなにおいしいものなのか」
　華允はそれにつられるようにして、牛乳を飲んだ。
　市販されているものとは比べ物にならないくらい味が濃く、とてもおいしい。
　なるほどミーシャが夢中になるわけもなんとなくわかるような気がする。しかし果たしてそれだけが理由だろうか？
　華允の心の中にはどうしても引っかかるものがあった。
「すっごくおいしいね、ミーちゃん」
「うん」
　ファトラも大満足と言った様子で、お代わりをリクエストする。
　うーん……
　華允は夢中になって牛乳を飲むミーシャの姿をまじまじと見つめた。
「やっぱり絞りたての牛乳ってオイシー！！」
　３本目の牛乳瓶を空にしたミーシャが、最高の笑顔になりながら感想を漏らす。
「あっ！！」
　華允はその姿に、以前ミーシャが食い入るように見ていたテレビの番組を思い出した。
　その番組は全国各地の名品や名所などを紹介する番組で、様々な土産物や特産品が次々と映し出されていた。そしてその中に、郡戸牧場もあった。
　あの時はたしか美容、健康によい温泉もある牧場として紹介され、「この牛乳を飲むと胸が大きくなるんですよ」といいながらリポーター役の女の子が柵に腰掛けながら牛乳を飲んでいた。
　なるほど……そーゆーわけだったのか……
　華允はそう思いはしたものの、口に出すことはしなかった。
　また口論になるのが目に見えているからである。
　その後、聖と楽しく話しこんだりしながら日が暮れるまで牧場を見学し、旅館に戻った時には既に夕食の準備が出来ていた。
　そして夕食を終えて、今こうして温泉に浸っているのである。
「今日一日いろんなことがあったからなぁ……」
　タオルを絞って頭の上に乗せると、華允は静かに目を閉じた。
　心地よい眠気に襲われながら、ファトラとミーシャの騒がしい声が聞こえてきたような気がした。