「よっしゃ！ストレートフラッシュ！」
「ううっ……エイミーまたブタさんですぅ……」
　明日は日曜日と言うことも手伝って、俺とエイミーはポーカーをしていた。
　既に時計の針は夜の１１時をさしている。もうすぐ人気報道番組の中で犬が競馬予想をするコーナーが始まる時間だ。
「しっかし、お前弱いな。全然相手にならなくってつまらんぞ」
「そ、そんなこと言われてもエイミー困りますぅ！ご主人様が強すぎるんですよぉ〜」
　エイミーは悲しそうに視線を伏せながらトランプを集めてきりはじめる。
　俺がフルハウス、フラッシュ、フォーカードを連発するのとは対象的にエイミーはノーペア、よくてツーペアしか出さない。
　最近覚えたと言うポーカーで勝負を挑んできたエイミーであったが、まったく相手にならない。暇つぶしになるかなと思った俺も、あまりにもエイミーの激弱ぶりになんだか弱いものイジメしているようで心苦しくなってくる始末だった。
　対戦成績は８４勝３敗。圧倒的に俺が勝っている。
「もう、いい加減やめないか？いくらやったって勝てねーよ」
「そんなコトないですぅ！後１回、後もう１回お願いしますぅ！」
「はぁ、何度やっても同じだと思うんだけどなぁ……」
　俺はため息をつきながら渋々その勝負を承諾する。
「後、一回だけだぞ？」
「は、はい！」
　エイミーは目を輝かせながら一生懸命カードをシャッフルしはじめた。
　勝者の余裕というものだろうか、俺はエイミーに負ける気は全くしなかった。
　エイミーは真剣な眼差しでカードを配る。
「どれどれ？」
　俺は配られたカードを見た瞬間勝利を確信した。
　９のカードが４枚にジョーカーが１枚手札にある。
　いきなり５カードが揃っていた。
　一体どんなシャッフルの仕方したらこんなカードがそろうんだよ。
　俺は苦笑しながらエイミーの方をちらと見た。
　相変わらず手札が悪いのか、困りはてた表情を浮かべている。
　俺はつい悪戯心を出してある提案をした。
「どうせ最後の勝負なんだ。何か賭けないか？」
「賭け、ですかぁ？」
　エイミーの表情にさらに焦りと苦悩の色が浮かぶ。
「なんだ？いやならしなくてもいいんだぞ。でも残念だなぁ。せっかくエイミーが勝ったらなんでも願い事聞いてやろうと思ったのによ」
　俺は大げさにガッカリして見せた。無論、これを見たエイミーが黙っているはずがない。
「本当ですかぁ？ご主人様ぁ。本当に、エイミーのお願い聞いてくれるんですかぁ？」
「ああ。勝てたらな。でも俺が勝ったら１週間、俺にベタベタするの禁止だぞ？」
「うっ……」
　それを聞いたエイミーは言葉に詰まってしまう。俺にとってはどうってコトないが、エイミーにとっては死活問題だ。
　エイミーは頭を抱え、目を瞑ったり、宙を見つめあれこれと考え込む。その姿がとてもかわいく愛らしい。
「わ、わかりましたぁ。その賭け、のりますぅ！」
　やがてエイミーは結論を出すと、きっと俺をみすえた。
「じゃ、決まりだな」
　俺はほくそえむとコールをした。
「カード交換はしない。このままでいいぞ」
「ううっ……」
　それを聞いたエイミーの表情が再び情けない物になる。
　俺が勝つと言う絶対的な自信を肌で感じ取ったのだろう。手がぶるぶる震えている。
「どうした？降参か？」
「こ、降参なんかしないですぅ！カード５枚交換ですぅ！」
　エイミーは持ち札全て場に捨てると、山から新たに５枚のカードをひいた。その表情はなんともいえない複雑なものになっている。見ようによってはとても驚いているようだ。
　よほどいいカードが来たのだろうか？でも、どんなカードが来ても俺の敵じゃないけどな。
　俺は勝利を確信しながら手札をオープンした。
「５カード！はい、俺の勝ちだな。わりぃな。約束はちゃんと守ってもらうぜ」
　１週間エイミーに付きまとわれなくてすむ……俺は勝利の余韻に浸りながら立ち上がって、風呂場に行こうとした。
「待ってくださぁい。まだ、勝負はついてないですぅ！」
　しかしエイミーの言葉が、俺の動作をとめる。
「勝負ついてないって？もう決まっただろ？何言ってるんだお前？」
「だって、エイミーもちゃんと揃ってるもん」
「揃ってるって、何が？ツーペア？それともスリーカード？」
「違いますよぉ！！」
　エイミーはふるふる、と首を横に振る。
「ええっとぉ、ロイヤルストレートフラッシュですぅ」
　満面の笑顔を浮かべたエイミーが手札をオープンした。
「な、なにぃ！？」
　その言葉に俺は信じられない気持ちで場に出されたエイミーのカードを見る。
　信じられん。これは奇跡とでも言うのだろうか？
　確かにそのカードはスペードの１０、Ｊ、Ｑ、Ｋ、それにＡの５枚が綺麗に揃っていた。
「えへへ。エイミーの勝ちですぅ♪」
　エイミーは無邪気にはしゃいでいる。
「……………………」
　俺は無言で立ちあがると部屋を出ようとした。
「ご主人様ぁ、どこにいかれるんですかぁ？」
　その俺の背中にエイミーの言葉が突き刺さる。
「いや、ちょっと、あれだ、うん」
「そんなこと言われてもエイミーわからないですぅ。それよりもエイミーのお願い、聞いてくれますよねぇ？」
「お願い？なんのことだ？」
「ううっ……わ〜ん！ご主人様ひどいですぅ〜！」
　エイミーは大粒の涙を流しながら泣き出してしまった。
「じょ、じょ、冗談だ！」
　慌てて俺はそのエイミーの頭を撫でてやる。こうすることでエイミーが泣き止むということを、最近発見したのだ。
「いやぁ、ホンの軽い冗談だからさ、だから泣き止んでくれ」
「ぐすっ……ご主人様ってばイジワルですぅ……」
「だから悪かったって。このとおり謝るから、な？」
「……………………」
　エイミーは無言でコクンと頷く。
　ふぅ、まいったなぁ……
　俺は泣き止んだのを確認すると、立ちあがって部屋を出ていこうとした。
　不意に、背中に２つの柔らかく心地よい感触を感じる。
「お、おい、エイミー？」
　それは抱き着いてきたエイミーの胸の感触だった。
「ご主人様の背中って暖かい……」
「そ、それはわかったから、少し離れない？」
「エイミー、ご主人様とデートしたいですぅ」
「はぁ？」
「イヤとは言わせませんよぉ。勝ったのはエイミーなんですから……」
「うっ……」
　エイミーの甘いささやきが俺の良心回路をメチャメチャに破壊していく。このままでは理性も失ってしまいそうだ。
「わ、わかった。デートするから、とりあえず離れてくれ、な？」
「本当ですかぁ？約束ですぅ！」
　途端にエイミーの表情がパッと明るく輝いたものになった。
　これ以上ないと言う微笑を浮かべて、スキップしながら俺の部屋を出ていく。
「はぁ……」
　１人残された俺は深いため息をついた。
　ああいうのをきっと、『悪魔の囁き』って言うんだろうな。
　それにしても……
　いまだに背中にあの柔らかい感触が残っている。
　今夜は悪夢にうなされそうだ……俺はそう嬉しいようで地獄のような後悔をせずにはいられなかった。