ピンポーン
　静かな闇夜の中に、軽やかなチャイムの音が響き渡ります。
　しかし何の反応もありません。
　重く張り詰めた空気があたり一帯に充満し、なんだか物悲しくさえなってきます。
　まるでお通夜のようです。
　私までなんだか悲しい気分になってきます。
　お留守なのでしょうか？
　私はもう一度チャイムを鳴らそうとしました。
「……どなたですか？」
　その時、インターホン越しに穂麦さんの奥さんの声が聞えてきました。
「あ、あの、水無川ですけど」
「ああ、蜜柑ちゃん。ちょっと待っててね。今開けるから」
　穂麦さんの奥さんはそういうとプツリとインターホンをきってしまいました。
　大丈夫でしょうか？
　私はなんだか心配になってきました。
　しばらくすると玄関のドアがガチャリと空き、穂麦さんが出てきました。
　穂麦さんはいつもの明るい表情ではなく、哀しみに満ちた暗く生気の失った表情になっています。さらに眼が真っ赤になっていました。
「あ、あの、この度は大変なことになってしまいまして。それで、もし、よろしければ私が相談相手になろうかと思いまして……」
「……どうぞ、あがって」
「は、はい。お邪魔します」
　穂麦さんの後に私もいそいそとついていきます。
　暗い廊下、冷たい室内、そこにいつもの、あの楽しい笑い声が響き渡る穂麦さんのお宅の面影はありません。
「どうぞ、おかけになって」
「は、はい」
　洋室に招かれた私は、とりあえず穂麦さんの言われるとおり椅子に座りました。
「そうだ、お茶を入れないと……」
「あ、いえ、どうぞお構いなく」
　私は慌てて穂麦さんを止めます。
　変に気を使わせてしまっては穂麦さんに申しわけないですから。
「そう……」
　穂麦さんはうなだれるように手を合わせながら目を瞑ります。
　それは雷斗ちゃんが早く無事に戻ってきてくれることを祈るような行動に見えました。
　しばらくの間、沈黙の時が流れます。
「……私、雷斗の育て方を間違えちゃったのかしら……」
　穂麦さんはポツリ、ポツリと語りだしました。
「少し前まではこんなに迷惑をかけるような子じゃなかったのに……一体、どうして……」
「多分、寂しかったんではないでしょうか？」
「寂し……かった？」
　私の言葉に穂麦さんは顔を上げます。
「はい」
　私も穂麦さんのしっかり見据えながら言葉を続けます。
「雷斗ちゃんのお父さん、今はこの家にいないんですよね？」
「ええ。単身赴任中で。今は私と雷斗の二人だけがこの家に住んでいるのよ」
「ですから、お父さんに会いたくなった雷斗ちゃんが、騒動を起こせばお父さんが戻ってきてくれると思ったんではないでしょうか？」
「で、でも、主人は１週間に１度は家に戻ってきてくれますし、この単身赴任も半年で戻って終わることになってますから」
「それでも子供と言うのは、両親に傍にいて欲しいものなんですよ」
　私は昔あったある出来事を思い出していました。
「学校から帰ってきても、お父さんやお母さんがいないっていうことは、やっぱり寂しいことだと思います」
「そう……そうかもしれないわね……」
　穂麦さんの目には大粒の涙が溜まり始めています。
「元気だしてください。きっと見つかりますから。雷斗ちゃんのこと、もっと信じてあげましょうよ」
「そうよね……自分の息子のことくらい信じてあげないと……別に、雷斗に悪気があってやったわけじゃないんだから……」
　再び沈黙の時が流れました。
　話すこともなく、黙って互いに顔を伏せあっています。
　トゥゥゥゥゥル！
　どれくらい時が流れてからでしょうか。
　突然電話のベルがけたたましく鳴り響きました。
「！」
　穂麦さんは飛びつくように電話の受話器を取りました。
「もしもし、もしもし！！」
　穂麦さんの表情は必死です。まるで何かにすがりたいような、そんな感じさえ見うけられます。
「は、はい、そ、それで雷斗は……は、はい、そうですか、どうもありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
　穂麦さんは何度も頭を下げると受話器を静かにおきました。
　どうやら警察の方からの電話だったようです。
「あ、あの……」
「よかった……雷斗が無事、見つかったって」
「そうですか！よかったですね」
「ええ、ありがとう」
　穂麦さんの瞳から大粒の涙が零れ落ちます。今までこらえていたものが一気に堰を切ったようでした。