「ままま、待ってくれ！！言う事は聞くから、その娘を放してやって……」
「うるせえ！！さっさと出すもんだすんだよ！！」
「わ、わかった。言う通りにするから！！」
　強盗さんの言葉におじさんは慌ててレジの中からお金を取りだし始めました。
　強盗さんに渡すつもりなのでしょうか。
　でもそれって、おじさんが汗水流して働いた上で入手したお金じゃ……
「だ、ダメですおじさん！そのお金を渡しちゃ！！」
「み、蜜柑ちゃん！？」
「それはおじさんが一生懸命はたらいて稼いだお金でしょ！？そんな大切なお金を渡すことはありません！」
「うるせえ！！」
　強盗さんは包丁の刃をさらに私の首筋に近づけました。
「綺麗な顔に傷をつけたくないだろ！？だったら黙ってろ！！」
「いいえ！黙りません！！」
「なんだと！？」
「何故悪に屈服しなければならないんですか！？わたしは悪い事を悪いと言えないような、そんな間違った人間にはなりたくありません！！」
　わたしははっきりとそう、言ってあげました。
　だって悪い事を黙って見過ごすなんてできませんものね。
　確かに怖いと言えばウソになります。
　わたしの足もガクガクと震えてます。
　でも……でも、間違った人間になっちゃいけない、ってお父さんもお母さんも言ってました。
　ですからわたし、このような意見を黙って見過ごすこと、なんて出来ません！
「さぁ強盗さん、わたしを傷つけたいのならそうしてください！でも、おじさんのお金をとりあげるようなことはしないでください！！」
「ううっ……」
　急に強盗さんの手から刃物が落ちました。
「俺だってな……俺だって、本当はこんなことしたくないんだよ！！」
　そして強盗さんは急に、泣き始めました。
　わたしとおじさんはわけがわからず顔を見合わせました。
　ひょっとして……なにかわけでもあったのでしょうか？
「あの……強盗さん。一体どうしてこんなことをしたのか、わけを話してくださいませんか？」
「……聞いてくれるのかい、お嬢ちゃん」
「はい。わたしなんかでよろしければ」
「そっか……ありがとよ……」
　強盗さんはマスクを外してサングラスを取りました。
　年は４０代くらい、でしょうか。どこにでもいそうな中年の人です。
「俺は１週間前まで雪達磨食品で働いていたんだ」
「えっ？雪達磨って……あの、超一流企業のですか！？」
「ああ。そうだ」
「その人が、どうしてこんなことを……」
「リストラされたんだよ」
「えっ？」
「あれはそう……今日のように雪の降る日のことだった。部長だった俺は、社長から突然呼び出された。そしてこう言われた。『今日限りで仕事をやめて貰う』と」
「それは……」
「確かに俺にも非があったのなら納得もいっただろう。だが、本社の指示で輸入牛肉を国産牛と偽って出荷してた責任を、俺になすりつけやがったんだ」
「そんな……それじゃあ、あまりにも酷いです！！」
「そうだろ！？１度は告発しようと考えた。だが、後ろに国会議員がいるんじゃ、握りつぶされるに決まっている。俺は泣き寝入りするしかなかった……」
　強盗さんはそう言うと、悔しそうにレジのカウンターに拳を叩きつけました。
「くそっ！！結局、泣きを見るのは弱いものじゃねえか！！世の中間違ってるよ！！」
「強盗さん……とりあえず、これを飲んで落ちついてください」
　わたしは先ほど貰った試供品のジャスミン茶を強盗さんに渡しました。
　強盗さんは無言でそれを受け取ると、勢いよく飲み干しました。
「……落ちつきましたか？」
「ああ、ジャスミンの清々しい香りのおかげで、気分が楽になったよ」
「そうですか。それはよかったです」
　わたしはそれを聞いて安心しました。
　興奮してる時って、感情に流されがちになってしまいますものね。
「確かに強盗さんの言い分はわかります。でも、だからって他の人にまで迷惑をかけることは、許される事なんでしょうか？」
「……………………」
「わたしはそうは思いません。それでは、いくら大義名分を立ててもその悪事を働いた人達とやってることと同じだと思います」
「……そうだよな。やっぱり……そうだよな」
　強盗さんは寂しそうな笑みをフッと浮かべました。
　遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきたのは、間もなくのことでした。