石段を登りきると、社に向かって人が列をなしていた。
　流石に新年と言うこともあって、普段は閑散としている神社も、それなりの賑わいを見せている。
　参拝を終えた人達の一部は、今か今かと日の出を心待ちにしながら待っていた。
「流石に混んでるな……」
　葵は今までとは違う宗像神社の光景を目にし、軽く溜息をつく。
　最後尾に並べば賽銭箱まで５分でたどり着けそうだが、それでも今での寂れ具合を知っている葵にとっては、この光景はまさに奇異のものにしか映らなかった。
「まったく、暇人って多いのねぇ……」
　姫子も呆れたように溜息をつく。
「ボク達もそうなんだけどね」
「そうそう。一番の暇人はアオちゃんだよ」
　奈緒は苦笑し、楓は笑った。
「悪かったな暇人で……さ、並ぶか」
　葵達はそのまま列の最後尾に並んだ。
　列はノロノロとしたスピードで進んでいる。
　葵は何気なく辺りを見回した。
　晴れ着姿や普段着姿、談笑している者、何気なく空を見上げている者。
　その中に、お守りや絵馬を売っている巫女衣装の沙夜の姿もあった。
　沙夜の隣では、ここの神主でもある沙夜の叔父が一緒にお守りを売っている。
「沙夜先輩、大変そうだね」
　奈緒はボソッと呟いた。
「まぁ、アレが沙夜先輩の仕事だからなぁ」
「でも……とっても寒そうだよ」
「なら、お前が『やまちゃや』のおじちゃんと一緒に売り娘やってくるか？」
「う〜っ！！」
　奈緒は恨めしそうな表情を作って、拳をグーにして葵をポカポカ叩く。
「しょうがない奴だな」
　葵は苦笑し、そして沙夜を見た。
「お参りし終わったら、お守りでも買ってくか。楓は食いもんの方がいいだろうけど」
「あたしそんなに食いしん坊じゃないもんっ！！」
　楓はむっと頬を膨らませるが、すぐに表情をほころばせた。
「でもアオちゃんの言うとおり、お守りよりも焼きもろこしや綿飴の方がいいかも」
「ははは……」
　葵は楓の言葉に、笑うしかなかった。
「それじゃあ、決まりね。葵、もちろんあんたが代金払いなさい」
　姫子は不敵な笑みを浮かべながら葵に言う。
「わかってるって……」
　反論しても無駄だということを悟った葵は、しぶしぶ頷いた。
「えっ？アオくん本当にいいの？」
「わーい、ありがとうアオちゃん」
「それじゃあ遠慮なく、買ってもらいますね」
「はいはい。わかってる……へっ？」
　突然割り込んできた声に、葵は驚きながら背後を振り向く。
「へへ〜」
　そこには笑顔を浮かべた鈴歌と、頬をほんのり赤く染めた萌が立っていた。
　やはり二人とも、正月らしく晴れ着を着ている。
「先輩方、あけましておめでとうございます」
「あけまして、おめでとうございます」
　鈴歌と萌は二人揃ってぺこりとお辞儀をした。
「ああ、おめでとう」
　葵達も年始の挨拶を返す。
「やっぱり神津先輩達はこっちの神社だったんですね」
　鈴歌は白い息を吐き出し、声を弾ませながら言った。
「やっぱり……って、鈴歌ちゃんは予想してたんだ？」
「はい。萌から話を聞きまして。それよりも先輩、前、前」
「あ、うん」
　鈴歌に促され、葵達は前に進む。
　その後ろを、鈴歌と萌がついて来た。
「先輩ってば、あたし達が後ろにいるのに全然気づいてくれないんだもん」
　鈴歌は大げさに溜息をつく。
「ゴメンゴメン。本当にいたのわからなかったんだよ」
　葵は苦笑しながら答えた。
「いいですよーだ」
　鈴歌は悪戯っぽく笑う。
「でもやっぱりこっちに来てよかったね、萌」
「うん」
　鈴歌と萌はお互いに顔を見合わせ、頷きあった。
「そうそう。葵にいろいろと買ってもらえるしね」
「アオくん優しいもんね」
「アオちゃんにうんとおねだりしちゃおっと」
　姫子、奈緒、楓も会話に加わり、一気に騒がしくなる。
　そんな談笑を交わしながら待つこと５分。
　葵達は賽銭箱へとたどりついた。
「えーっと……１５円……１５円……と……」
　葵は財布から１０円玉と５円玉を取り出す。
「１５円？随分と中途半端な額ね？」
　葵の右隣にいる姫子が不思議そうに尋ねた。
「ああ。ちょっとした理由があってな」
　葵が丁寧に答える。
「ほら、昔からよく言うだろ？『十分にご縁がありますように』って」
「つまり、縁起を担いでるってわけね」
　姫子は感心したように頷いた。
「まぁそーゆーことだ。奈緒だって……あれ？」
　左隣にいる奈緒を見て葵は言葉を止める。
　奈緒は１０円玉１枚と、１円玉５枚を持っていた。
「ダメだよアオくん。縁起担ぐんなら、穴の開いた５円玉じゃなくって１円玉使わなくっちゃ。じゃないと縁に穴が開いちゃうよ？」
　奈緒は微笑みながら硬貨を握り締める。
「へぇ……みんな考えてるんだね。あたしなんか１円だよ」
　奈緒の隣にいる楓は笑いながら１円玉を見せると、賽銭箱へと投げ込んだ。
　葵達も楓に続くように賽銭箱へと賽銭を投げ入れる。
「コレって、鳴らすのとっても面白いんだよねー」
　楓は鈴紐を握ると、力強く鈴を鳴らした。
「お、おい楓！」
「そ、そんなに強く鳴らすと、とれちゃうよ！！」
　葵と奈緒が慌てて楓を止める。
「ちぇ、つまーんなーいのー」
　楓は不満足そうに鈴紐を放した。
「鈴、落としたら大変だよ？」
　奈緒が苦笑しながら鈴紐を掴み、鈴を鳴らす。
　それから葵、姫子と順番に鈴を鳴らした。
　そして４人はパン、パンと小気味いい音を響かせながら拍手を打ち、目を閉じる。
「…………」
　無駄だと知りつつも、葵はこの願いを願掛けせずにはいられなかった。
　『姫子と俺の、二人が助かりますように』
　何度も何度も、呪文を呟くように念じ続ける。
　その様子を姫子が横目でチラッと見ていた。
　姫子は少しだけ葵の様子を窺うと、再び瞳を閉じて自分の願いを願い続ける。
　神が神に頼むと言うのもはたから見ればおかしな光景ではあったのだが、姫子もこうせずにはいられなかった。
　やがて４人は目を開けた。
「それじゃあ、行くか」
「ええ」
「うん」
「そうだね」
　４人は横にずれて沙夜のところへと向かおうとする。
　その中で、葵だけが背後の人物にコートを掴まれた。
「？」
　葵は後ろを振り向く。すると、微笑みながら葵のコートを掴んでいる鈴歌の姿があった。
「どうしたの鈴歌ちゃん？」
　葵は戸惑いながらも訊く。
　鈴歌はニコニコしながら答えた。
「まだ行っちゃダメですよセンパーイ。今度はあたし達と一緒にお参りするんですから」
「えっ？」
「萌も先輩にそうして欲しいよね？」
「う、うん」
　鈴歌の言葉に、萌も頷く。
「…………」
　葵の口から言葉が出てくることはなかった。
　拒否権がないことを、すぐに悟る。
「わかったよ……」
　葵は軽く溜息をついた。
「わーい！！だから先輩って好きー！！」
「お兄ちゃん、ありがとう！」
　鈴歌と萌は喜びながら、葵の両隣に移動した。
「あーら葵さん？正月早々からモテモテですこと」
　既に列から離れた姫子が、悪戯っぽく笑いながら葵を冷やかした。
　葵は無言のまま、賽銭を財布から取り出す。
「それじゃあお賽銭をいれて……と」
　鈴歌と萌が賽銭を投げ込むのを見て、葵も二回目の賽銭を投げ入れる。
　鈴歌はニコッと笑い、口早に葵に言った。
「先輩、早く鈴紐持ってくださいよ。一緒に鳴らすんですから」
「えっ？」
「早くしてください、先輩」
「あ、ああ」
　鈴歌に促されるまま葵は鈴紐を握る。
　するとその両手に、鈴歌と萌が重ね合わせるように手を置いた。
「えっ……？」
　驚いた様子で葵は二人を見る。
　鈴歌も萌も、ほんのり頬を赤く染めていた。
「……それじゃあ、鳴らすよ」
　葵は少しだけ緊張を覚えながら、大きな音を立てて鈴を鳴らす。
　鈴を鳴らし終わると鈴歌と萌はゆっくりと手を離した。
　葵の手の甲に二人の少女の柔らかい温もりの感触が残る。
　それから三人は拍手を打って、目を閉じた。
「…………」
　葵は先程と同じことを念じる。
　やがて三人は、同時に眼を開いた。
「それじゃあ先輩、行きましょうか」
「この次は沙夜お姉ちゃんのところだよね」
　鈴歌と萌の二人に引っ張られるようにして、葵は歩く。
　そして先に参拝を終えた三人と合流した。