「う、うーん……」
　やけに肌寒さを覚えた真人は目を開けると、そこには見知らぬ世界が広がっていた。
　薄桃色のカーテン。
　綺麗に並べられた人形。
　部屋全体がとても整頓されている。
「……どこだここ？」
　真人は思わず起きあがる。
「……そういえば……姉さんの家に来てたんだっけ……」
　真人は頭を二度三度軽く振り、今置かれている状況を思い出した。
　そうだ。俺は姉さんの家に来ていたんだった。
　この年で物忘れが激しくなるとは……
　真人はベッドから起きあがると、カーテンを開けた。
　広がる白銀の世界。
　灰色の厚い雲に覆われた空から深々と雪が降りしきる。
　朝だというのにもう夜になったかのような暗さだ。
　きっと外に出たら寒いんだろうな……
　真人はそんなことを思いながら部屋を出て、階段を降りる。
　理沙の姿はどこにもない。
「姉さん一体どこにいったんだ？」
　真人は首をかしげた。
　家の中は静まりかえっている。
（そう言えば……そろそろ朝食の時間だよな……ということは、キッチンにでもいるのかな？）
　真人はそう思ってキッチンへと足を向ける。
　しかし、やはりここにも理沙の姿はなかった。
　代わりにテーブルの上にラップをかけられた料理とメモ用紙が置かれている。
「なんだなんだ？」
　メモ用紙を読んでみる。
『まぁくんへ
　急用が出来たのでちょっとでかけてきます
　お店の方、よろしくね
　ＰＳ．朝食は作っておきましたので
　レンジで温めて食べてください』
　丁寧な丸文字でそう書かれている。
「……………………」
　真人は言葉を失った。
　相変わらず、理沙らしいと言えば理沙らしい行動であった。
　ご丁寧に、この家の鍵と店の鍵のスペアキーまで置かれている。
　それは、店番を真人に押しつける行為以外何物でもなかった。
「……………………」
　真人は、マジマジとスペアキーを見つめる。
「……ま、いっか。どうせ暇人だしな」
　少しは理沙の手伝いしないとマズイ。
　そんなことを思いながら、真人は皿をレンジにいれ、タイマーをセットする。
　作り起きができるという点で文明の力と言うのは非常に偉大だ。
　作りたての料理が食べたかったのが本音ではあるが、この際文句を言っても仕方ない。
　ピピッ！ピピッ！ピピッ！
　やや時間をおいて、レンジのタイマーにが鳴る。
　どうやら温まったようだ。
　真人はレンジの扉を開けて、皿を出す。
「あちち」
　真人は思わず、耳たぶを摘まんだ。
　少し温めすぎたせいか、皿がとても熱い。
「ふぅ……」
　皿をテーブルにおいてラップをはがす。
　立ち上る湯気。
　とても食欲をそそる芳香が真人の鼻腔をくすぐった。
　ご飯を茶碗にもり、手を合わせる。
「いただきます」
　一人寂しい食卓。
（何年ぶりだろうな。こんなことは……）
　真人は理沙が作っておいてくれた料理を一口食べる。
（やっぱりおいしい……でも……）
　真人は寂しさを感じずにはいられなかった。
（姉さんどこに行ってしまったんだろう……）
　そう思いながらも、手は止まらない。
　5年ぶりではあったが、久しぶりに味わう理沙の手料理は懐かしく、最高の味であった。
（食べ終わったらちゃんと洗って片付けて、それから店に行かないとな）
　真人はそんなことを考えながら、箸が止まることはなかった。