外に出ると強い寒風が吹きつけてくる。
「さむっ！！」
　真人は雪国の洗礼に、思わず身構えた。
　すぐさま引き返したい。そんな誘惑にかられる。
（いかんいかん。こんな弱気じゃ。俺は姉さんに頼られてるんだぞ？）
　真人は二度三度、頭を振った。
　実際そうなのかどうかはわからないが、少なくとも今はそう思いたい。
　そんな根拠のない考えを抱きながら、昨日来た道を歩いて行く。
　途中の自販機でホットココアを2缶購入した。
　不思議なものだ。
　真人は空を見上げた。
（俺が今ここにこうしているなんて、手紙が来るまで考えられなかったもんな）
　そんなことを思いながら熱々のホットココアを口にする。
　とても甘く、そしてせつない気分になるのは何故だろう。
　真人はゆっくりと息を吐き出した。
　白く、緩やかに天に昇って消えていく。
「姉さん、どこに行ったんだろう……」
　真人は再度ココアを飲んだ。
（急用……まさか、彼氏に呼び出されたとか？んなわけないよな……ははは……）
　自分に言い聞かせるように、心の中で笑う。
　そしてココアが飲み終わると、空き缶をゴミ箱へ捨てた。
（さて、姉さんの店は……あったあった）
　真人は程なく、目的の店を発見した。
『スノーフェアリー』
　相変わらずミスマッチな光景だ、と思わずにはいられない。
　店の出入り口前に立つと、鍵を開けて中に入る。
　電気をつけて店内が一気に明るくなる。
　人形に囲まれた、女の子受けしそうな店。
　存在事体が謎めいている。
（それにしても……）
「暇だ」
　店を開け終えた将斗は、カウンターで独りごちた。
　やることがなにもない。
　無理もない。とても客が来そうにもない
　少しは客が来れば張り合いがあるというモノだが、それはほぼ絶望的な状況であった。
　それでも、理沙が一緒であれば嬉しいのだが、生憎今ここにはいない。
　それがさらに真人の脱力度を上昇させる。
「暇だなぁ……」
　真人はため息をついて再び窓の外に視線を移す。
　ブロォォォォォォッ！！
　丁度、爆音を轟かせながら一台のバイクが歩道を疾走していく。
　ウーーーーーーーーーー！！
　そして、その斜め後方を赤色灯を回転させたパトカーが何やら叫びながら追尾していく。
「正月三が日早々、暇人がいるもんだな……」
　まさかこんな滑稽な光景をこんな田舎で見ることになろうとは……
　真人は驚きを禁じ得なかった。
　歩道や道路は路面が凍結しないよう処理を施されており、スリップする心配は普通の道よりはない。
　おそらく雪が降っていなければ、もっと騒音を撒き散らしながら走っていたであろう。
　雪というのは音を吸い取る性質があり、騒音でも和らげてしまうという利点がある。
　だからと言ってたくさん降ることを願えば、雪かきという重労働が必ず待ちうけているので、なかなか難しいところではある。
（しかし……また暇になってしまった）
　突発的なイベントが過ぎ去り、再び退屈な時間が訪れた。
（こんなことなら新聞や漫画もって来ればよかったかな？）
　真人はこんなことを考えながら、昨日の新聞の見出しを思い出す。
　今日は休刊日のため、持ってくるとすれば、昨日の、つまり正月の新聞であった。
「そういえば昨日の新聞の一面は『怪盗黒薔薇、国宝七角ペンダントを奪う！！』だったんだよな。あんなのが正月の新聞の一面に来るとは……まだまだこの国も平和なんだな」
　ウィーン。
　独りごちていた時、不意に自動ドアが開く。
「いらっしゃいませ」
　真人は慌ててカウンターに座り、笑顔で対応する。
　見た目は9か10くらい、だろうか？
　目元のパッチリとした、わりと小柄で、髪をツインテールにまとめた、ちょっと気が強そうな、けっこうカワイイ感じの少女がそこにいた。
（地元の子、かな？こんな日に来るなんて、なんて暇人な）
　真人は心の中で呟く。
　同時に、退屈を紛らわせそうで安堵を覚えていた。
（さーて、一体なにを買うんだ？あの大きな人形か？いや、まさかな……）
　真人がそんなことを考えていると、少女はゆっくりとカウンターにやってきた。
　そして、モジモジしながら真人に話しかける。
「あの、肉まん、ありますか？」
「はっ？肉まん？」
　その言葉に、真人は思わず耳を疑った。
（肉まん？肉まんって言ったのかこの少女？）
　真人はマジマジと少女を見つめる。
　少女は真面目ともふざけてるとも読めない表情を浮かべている。
（新手の冷やかしか？……よーし。そっちがその気ならこっちにも考えがある。ちょうど暇してたんだしな）
「はい、ありますよ」
　少女の問いに真人はコクンと頷いた。
「ホント？よかったぁ♪」
　少女は微笑みながらそう答えると、どこからともなくスキー帽を取り出し、めいいっぱいにかぶる。そして懐から銃らしきものを取り出していきなり真人に突きつけた。
「肉まん50個、テークアウトでね」
「…………はぁ？」
　真人は突然の出来事に唖然とするとともに、耳を疑わずにはいられない。
（ひょっとして、強盗、というやつだろうか？）
　それにしては、随分間抜けな強盗であった。
　変装（と呼べるかどうかは微妙だが）をわざわざ店の中で行い、しかも明らかに水鉄砲とわかるものを向けている。
　よほど自分の犯行に自信があるのか、それともただ無防備なだけなのか……
（それ以前にただのアホ、という考え方もあるんだが）
　真人は呆れた視線で少女を見つめた。
（ここはコンビニじゃなくってファンシーショップなのにな。もうちょっと、場に合ったモノを要求しろよ）
　真人は心の中でため息をついた。
　どちらにしろ、玩具であれば、あまり恐くはない。
「ちょっと！！聞えなかったの！？早くしなさいよ！！」
「……………………」
　少女は真人の威風堂々たる姿に圧倒されてか、おろおろと慌て始める。
「こ、これ、本物の銃なんだから！！あたったら物凄く痛いんだから！！」
「……………………」
「う、撃つわよ！！あたしが悪いんじゃないんだからね！！言うこと聞かなかったあなたがいけないんだから！！」
「……………………」
　ボカッ！！
　大きな快音を響かせながら店内は静まり返る。
「いったーーーーーーーーーーいっ！！」
　続けざまに頭を抱えた少女の悲鳴があがった。
「ちょっと！！何するのよ！！」
「それはこっちのセリフだ。いったいどーゆーつもりだ？こんなもん使って強盗しようだなんて」
　スキー帽を脱いでものすごい剣幕でくってかかる少女に、真人は水鉄砲を取り上げると、銃口を少女に向ける。
「ご、強盗じゃないもん！ちょっと肉まん貰おうと思っただけだもん！」
「お金は？」
「あったらこんなことしないわよ！！」
「世間一般では、そーゆーのを『強盗』っていうんだ」
「ちょっとくらいイイじゃないのよ！！鬼畜！変態！スケベオヤジ！！」
　ボカッ！！
　2発目の鉄拳が容赦なく少女に振り下ろされる。
「あぅ〜っ！いたいよぉ〜〜〜！！」
「誰がオヤジだ誰が。俺はまだ１０代だ」
「な、なによぅ……そんなに力一杯殴らなくってもいいじゃないのよぅ……」
「安心しろ。悪い子にはお仕置きが必要だからな」
「女の子にはもっと優しくするもんよ！！」
「なんだ？まだ殴られたりなかったのか？」
「あぅぅぅっ！！ご、ごめんなさい！！」
　少女は涙目になりながらさっと頭を手で覆う。
（まったく……最近の親は子供に一体どういう教育をしてるんだ？）
　真人は深くため息をついた。
（これじゃあ学級崩壊が叫ばれても仕方のないことだぞ。しっかし……この珍客をどうするか。姉さんが戻ってくるまでここにおいて置くか、それとも警察に突き出すか……）
　きゅるるるる〜
　突然鳴り響いたかわいらしい音が、真人の思考を中断させる。
「ん？」
　少女をみると、恥ずかしそうにお腹を触りながら顔を赤らめていた。
「ひょっとしてお前……そんなに腹へってるのか？」
「うん……」
「はぁ……仕方のないヤツだな……」
　真人はため息をつくと、先ほど自販機で購入したホットココアの残り１缶を少女に渡す。
「？？？」
「どうした？ほれ、飲め」
「えっ……でも……」
「心配いらねえよ。姉さんの店で生き倒れが出たなんてニュースになったら、それこそあわせる顔がないからな。サービスだ」
「あ、ありがとう！！」
　少女は嬉しそうに返事をすると、夢中でホットココアを飲む。
「あぅ〜……このココア冷めてる……」
「贅沢いうな。もともと俺が飲むやつだったんだぞ？それに、ここはコンビニじゃないんだ。わかってるのか？」
「ゴクゴクッ……ぷはぁ〜。おかわり♪」
「おかわりじゃない！何考えてるんだお前は？」
「あぅ……だって……」
「だってもへちまもない。まったく……世話やかせるなよ」
「ご、ごめんなさい……」
「ま、無事ならそれでいいんだ」
　真人は水鉄砲を少女に返すと、頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「もう二度と、こんなことするんじゃないぞ？」
「うん……ありがとう……」
　少女は深々と頷くと、店を出ていく。
　途中、何度も名残惜しそうに振りかえっているようであった。
（まっ、暇つぶしにはなったか。でも……一応姉さんにも報告しておいたほうがいいかな、このことは）
　真人はそんなことを考えながら、カウンターでボーッと時が流れるのを待つのであった。