「へぇ。そんなことがあったんだ」
「笑い事じゃないよ姉さん。ひどい目にあったんだから」
　少しおそめの夕食時、真人は店で合ったことを理沙に話していた。
「まったく、今度襲ってきたらもっときついお仕置きしないとな」
「ダメよ？まぁくん。女の子には優しくしてあげなくっちゃ」
「強盗だよ？情けかけてたら店の物全部取られちゃうよ」
「強盗じゃないかもしれないじゃない。その娘、お腹が空いてたんでしょ？」
「そうだけど……あれはどー見たって強盗。ただ、アホなところがあって間抜けではあったけど」
　ははは、と笑う真人に、理沙は謎の微笑を投げかける。
「まぁくん、この村に伝わる昔話、知ってる？」
「昔話？」
「そう。この村には昔から言い伝えがあって、山奥から子ギツネが人間に変身して買い物にくるそうよ」
「ま、まさか、あの生意気娘がその子ギツネだ、とでも？」
「案外そうかもしれないわよ？」
「ま、まさかぁ。そんなのただの言い伝えだよ」
「わからないわよ？ひょっとしたら恩返しにくるかもね」
「恩返し、ねぇ……まさかね……」
　真人はそう言いながら窓を見る。
　カーテンがかけられてるうえに日もとっくに落ちているので外の様子を窺い知ることができないが、風の音から、おそらく今ごろ吹雪いている状況は察することができた。
（あの少女は、無事に家に帰ることができたのだろうか？まさか……ホントにキツネだったなんてことはないよな……ははははは……）
「くすっ」
　突然理沙が笑い出す。
「どうしたの？」
「ごめんなさい。まぁくんの寝顔、思い出しちゃって。とっても気持ちよさそうに眠ってたから」
「えっ！？ひょ、ひょっとして、見たの！？」
「うん。とってもかわいかったよ」
「ね、姉さん！！」
　ピンポーン
　突然会話を遮るように玄関のチャイムが鳴る。
「誰だろ……こんな時間に？」
　真人と理沙は思わず顔を見合わせる。
「ちょっと行ってくるね」
「うん」
　理沙は玄関へと向かう。
（ほんと、油断も隙もないよな……）
　真人は苦笑した。
　姉さんに寝顔を見られるとは。
　姉さんも人が悪いよな。起こしてくれてもいいのにさ。
　それとも……俺に気を使って起こさなかったのかも……
　だとしたら姉さんはひとが良すぎるよ。
　……って、どっちをいいたいんだ俺は！！
　まったく……姉さんにはかなわないや。
　でも、恥ずかしいけど、ちょっと幸せだったかも。
　心の中で、様々な思いを呟く。
（それにしても姉さん遅いな……なにやってるんだ一体？）
　一向に戻ってこない理沙に、真人は様子が気になり出す。
　と、話し声が聞こえてきた。
　続いて、足音が近づいてくる。
「遅かったね姉さん。大切なお客さんだったの……いっ！？」
　真人はその姿を確認して唖然とする。
　小柄でツインテールに屈託のない笑顔を浮かべたオーバーオールの少女。
　それは見間違えようもない。
　今日店に来た強盗娘であった。
「お前は強盗娘！！」
　真人は開口一番、少女を指さす。
「失礼ね！！ちゃんと『佐伯香帆』っていう立派な名前がありますよーだ！！」
　指さされた少女は、真人に向かって舌を出した。
「で、なんでこんな所にいるんだ？今度は押しこみ強盗か？」
「ち、違うわよ！！」
　香帆は首を力強く何度も横に振る。
「突然だけど、今日からあたしもここに住むことになったから。よろしくね」
「……はぁ？」
　聞いてはいけないような言葉を聞いたような気がして、真人はおそるおろる理沙を見る。
　しかし理沙は、そんな真人にダメをおすかのように微笑みながら首をコクン、と縦に降った。
「香帆ちゃん、近所の子なんだけど。ちょっとご両親が急用で遠いところ行くことになっちゃって。冬休みの間、ウチで面倒見ることになったの」
「ま、マジで！？」
　真人は驚きのあまり椅子から立ち上がる。
「マジで」
　理沙はにっこりと微笑む。
「よろしくね、真人」
　続くように、香帆もにっこりと微笑んだ。
「は、ははは……」
　真人は力なく椅子に座る。
　口からは乾いた笑いしか出てこなかった。