「流水音、いっきまーす！！」
　流水音はそう宣言するなり勢いよく湯船の中に飛び込んだ。
　勢いよく水しぶきがはねあがる。
「ぷはーっ！！やっぱり旅行と言えば露天風呂よねー」
　そして浮き上がってきた流水音は上機嫌になりながら鼻歌を歌い始めた。
「鈴科先輩、あまりはしゃぐのはどうかと……」
「そうですぅ。それじゃあ子供ですよぉ？」
　優希と七衣が呆れながらそう言って、湯船の中に入る。
「まあまあ、たまにはいいじゃない。あ〜いいお湯」
「ホントにしょうがない娘ね……」
　エリザも苦笑いをしながら入った。
　この旅館には現在優希達しか泊まっていないということなので、この露天風呂は現在貸しきり状態だ。
　そのため他の利用客に迷惑をかけると言うことはなかった。
「しっかし今日は楽しかったわね。いいスケッチも描けたし」
「はい。私もステキな体験が出来て楽しかったです」
「牛さんに乗れたのが大きな収穫でしたぁ〜」
「ふふふ、みんな随分楽しんだようね」
「楽しんだと言えば先生、乗馬なんてできたんですね」
「あっ、それ私もビックリしました」
「ビックリだったですぅ〜」
「あら？私だって乗馬くらいできてよ？」
　エリザは大人の色香を振りまきながら髪をかきあげた。
　思わずそのプロポーションに優希は見とれてしまった。
「エリザ先生いいなぁ……」
「あら？どうして？」
「え、えっと、それは、その……」
「大丈夫よ」
　エリザは笑った。
「時期が来れば、あなたも胸がおっきくなるわよ」
「そうでしょうか？」
「そうよ。だから心配いらないわよ」
「は、はい」
「でもぉ……」
　七衣が考えこむような仕草を見せながら言った。
「胸が小さい人でもぉ、男の人は喜びますよぉ」
「え？そうなんですかぁ？」
「そうですよぉ。だからぁ、別に気にしなくってもいいと思いますぅ」
「霧城さん、それマニアック過ぎ」
「え〜？そうですかぁ？以前マスターが力説していたような気がするんですけどぉ……」
「なっ！？あのバカ、そんなくだらないこと言ってたの？はぁ……頭痛くなってくるわ」
「桐生先輩がそう言ってるなら私……このままでもいいかな？」
　優希はちらっとタオルに隠れている胸を見た。
　慌てて流水音が手のひらをブンブンと横に振る。
「ゆ、優希ちゃん！あのドスケベの言うことなんか気にしちゃダメよ！！帰ったら鉄拳制裁お見舞いしないと」
「そ、そんな！乱暴はよくないです、鈴科先輩」
「そうですよぉ。マスターにはぁ、これからもどんどんおもしろいこと言ってもらわないとネタに困りますぅ〜」
「ダメよっ！あいつには１度ガツンと言ってやらないと」
「あらあら、あなた達元気でいいわね」
　エリザはその様子を微笑ましく眺めていた。
「もぅ。霧城さんが変なこと言うからよ？」
「私は本当のことを言っただけですぅ〜」
「だから、それが変なことなのよ。人間、ウソをつかなくちゃいけない時なんて１度や２度、あるものよ？」
「鈴科先輩、なんだか年よりくさいですぅ〜」
「それは言わないでよぉ。結構気にしてるんだから」
　流水音はガクッと肩をおとした。
　彼女の好物はタイヤキはまだいいとして、イモようかんに緑茶といった年配の人が好むものをすすんで食べる傾向がある。
　以前そのことで桐生から「ばあさんみたいだ」と言われたことのある流水音は、それ以来このことを少し気にするようにしていた。
　もっとも、やめるかと思えば、好みはなかなかかわらないもので、今では開き直る時もあるのだが。
「はぁ、イモようかんに緑茶も若者の間で流行しないかなぁ……そーすればあいつを見返してやることができるのに……」
「私はようかんよりもケーキの方がいいです。流行るとしたら」
「絶対ポテチですぅ〜。健康にとぉってもいいですよぉ〜」
「でも霧城さん、この前桐生に怒られてたじゃない。図書室でポテチなんか食べるなーって」
「霧城先輩、図書委員なのに図書室で飲食するのはよくないと思います」
「だってぇ……マスターってば最近ちーっとも構ってくれないんですぅ」
　七衣はブスッと頬を膨らませた。
「最近マスターに好きな人ができたようでぇ、私が何を言っても上の空なんですぅ〜」
「えっ？好きな人？」
「本当ですか？霧城先輩」
　思わず流水音と優希は顔を見合わせた。
「桐生が気になる女の子……」
「一体誰なんだろう……」
「わかりませんよぉ。わたしがいっくらマスターに詰問してもぜーんぜん、教えてくれないんですものぉ」
「ひょっとして、それは言わないんじゃなくって言えないのかもしれないわよ？」
　エリザが悪戯っぽく笑った。
「例えば、好きな人が女の子じゃなくって男の子、だとしたら？そうねぇ……意中の相手は竜崎君や虎島君かもね」
「えっ……」
「それは……」
　優希達は思わずその光景を思い浮かべた。
　愛の告白をする桐生。
　そして抱きあう二人。
　そこには決して触れてはならない禁断の世界が広がっていた。
「せせせ、先生！！冗談にも程があります！！」
「き、桐生先輩はそんな不潔な人じゃありません！！」
「うふふ。ごめんなさい。あなた達があまりにも真剣に考えてるもんだから」
　エリザは笑いながら謝った。
　流水音も優希も、ホッと胸をなでおろす。
「ホラ、見てごらんなさい」
　エリザは西の方角を指差した。
「なんですか？あっ……」
「キレイ……」
「本当ですぅ……」
　優希達は思わず息を飲んだ。
　そこには色鮮やかなオレンジ色の光を放ちながら沈みかけている夕陽の光景が広がっていた。
「本当に綺麗だなぁ……」
　優希は思わずその景色に見とれてしまった。