月明かりに照らされたそいつは、とてもスレンダーで、とても見覚えのある姿形をしていた。
「誰!?」
マリィが突然現れた人影に向かって叫ぶ。
「フフフ……久しぶりね、功司」
そいつがパチンと指を鳴らすと、部屋の電気がついた。
そして、はっきりとあらわになった正体を見て、俺は愕然とした。
「やっぱりお前か……瑠羽奈……」
見覚えのある人影――瑠羽奈は、胸元にハートマークの穴が開いているレオタードで身を包み、まるで凍りつくような冷たい眼差しを俺に向けている。
まるで怪盗というより、殺し屋だ。
「お前……どうしてこんなことを……」
「どうして?」
俺の言葉に、瑠羽奈の眉がピクンと動く。
「どうして、ですって?」
全身をわなわな震わせると、とうとう我慢できなくなったのか、威嚇するように言葉を吐き出した。
「全部功司がいけないんじゃない!!」
「お、俺が?」
「そうよ!!あたしをこんな気持ちにさせといて、一人で逃げ出すなんて!!残されたあたしが、どんなに辛くて寂しい気持ちで、絶望のどん底だったか、君にはわかる!?功司なんかにわかりっこないわよね!!」
瑠羽奈は俺を指差すと、再び冷徹な眼差しに戻った。
「だから、あたしと同じ苦しみを、功司にも味わってもらうの。大切なモノをなくした苦しみ、悲しみってどんなものなのか……だから、貴方の一番大切な……折坂命を戴くわ!」
「えーーーーーっ!?」
指をスライドさせ、ビシッとみこピーを指差す瑠羽奈の衝撃発言に、俺、マリィ、花乃香、みこピーの4人は同時に驚きの声を上げた。
アレって「いのち」じゃなくて「みこと」って読むのか……
「覚悟しなさい!!あたしの大切な功司を奪った泥棒猫!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!あたしが、牧村君に何したって言うの!?」
当然のことながら、みこピーは困惑の声を上げる。
「なぁんだ。折坂先生が目当てなら、功司君は心配いらないわよね。折坂先生、あたしと功司君のために、尊い犠牲になって」
マリィはマリィで、途端に標的が俺じゃないとわかるや否や、物騒なことを口走る。
花乃香は花乃香でものすごいスピードでメモ帳にペンを走らせてるし……
「なんだかわかんないけど、と、とにかく誤解よ誤解!!」
「誤解も六階もあるもんですか!!覚悟しなさい!!」
瑠羽奈は憎悪の眼差しをみこピーに向けながら、ジリ、ジリッと近寄ってくる。
これはなにを言っても、聞く耳持たないって感じだ。
一体どうすれば……
と、その時。
ダダダダダダダンダダダダダダダン
突然、緊迫感あふれる重低音の音楽が部屋中に響いた。
どこかで聞き覚えのある音楽、だが思い出せない。
「な、なに?一体何よ?」
突然の出来事に戸惑う瑠羽奈。
そして音楽が止まるや、一人の少女が部屋の中にズカズカと入ってきた。
「国税局査察部の春日です。今からこの家の査察を行います。帳簿類、コンピュータ類には一切手を触れないでください。いいですね?」
そして瑠羽奈に向かって紙をピッと投げつける。
「な、なによ……」
「動くんじゃない!!」
行動を起こそうとした瑠羽奈に対し、その少女――瑞希は鋭い眼光で威圧する。
どうやら、コスプレをしてくるため時間が遅くなったという俺の推論は、間違っていなかったらしい。
しかし、この格好は一体……
黒いコートに黒いシルクハット、そしてあの音楽……
……思い出した。月曜日に2時間ドラマで時々やってる、主役の税務調査官の格好だ。
あの人、査察に入るとき必ず黒ずくめの格好でいくんだよな。
どうやら瑞希が瑠羽奈に投げつけたものは、令状の様な物らしい。
それはさておき……何故にマルサ?まぁ、探偵もマルサも探すってことで共通はしてるけどさ。
「ば、バカにしないでよ!!何であたしがあんたの言葉に従わなきゃいけないわけ!?」
当然、瑠羽奈は瑞希の言葉に従うはずもなく、食って掛かろうとする。
しかし次の瞬間――
タンタンタタタタ〜ン♪タタータタータタ♪
今度は先程とは打って変わって、明るく随分とのんびりした音楽が流れる。
はっきり言って場違いな感じだ。
でも、この曲も聞き覚えのある曲だったりする。
「今度は何!?」
瑠羽奈は動揺した様子で、辺りをキョロキョロと見回す。
そして――
音楽が鳴り終わるや、一人の少女がのっそりと部屋の中に入ってくる。
「地検の矢城だがよぉ、おみゃーさんをこれからふん捕まえて起訴するで、覚悟してちょ!」
怪しげな名古屋弁を口にしつつ、その少女――静乃は瑠羽奈をビシッと指差した。
この姿は……土曜日時々やってる2時間ドラマの、主役の赤かぶ漬けが大好きな地検の検事か。
黒のスーツ姿だけでは誰かわかりづらいから、赤かぶ漬けの入ったビニール袋を手に持ってるんだな。原作じゃいつも持ち歩いてはいないけど。
しかし……怪盗じゃなくって検事か……
まぁ、確かに、捕まえる側には違いないけど。
ひょっとして、二人とも、違う世界の自分に対してかなり対抗心燃やしてるんじゃ?
「な、なんなのよ貴方達!?」
瑠羽奈は酷く動揺した様子で声を上げる。
「丹雫さん、貴方は間違ってるわ」
瑞希が冷たい口調で、ぼそぼそと喋る。
「ま、間違ってるって……」
二人の迫力に圧倒されてか、瑠羽奈の口調もしどろもどろになる。
「よく聞いて。功司君を連れ戻したのは、私と矢城さんよ。折坂先生は関係ないわ」
「そうですよ瑠羽奈先輩。折坂先生がお兄様の大切な人だなんて、勘違いも甚だしいです」
「そ、それじゃあ……」
「そう。貴方が狙うべきは折坂先生ではなく……」
一瞬、シンと静まり返る。そして一呼吸を置いた後、瑞希と静乃は衝撃的な発言をした。
「そこにいる、マリィ(どろぼうねこ)よ!」
「そこにいる、マリィ先輩(どろぼうねこ)です!!」
二人声をハモらせ、同時にマリィを指差す。
流れる沈黙。
「な、何でそうなるのよーーー!?」
やや間を置いて、マリィが抗議の声をあげた。
「た、確かにあたしは功司君にとって大切な人だけどさ、泥棒猫呼ばわりされる言われはないもん!」
「貴方は功司君にとって大切な人なんかじゃありません!」
「そうですよ!!どさくさにまぎれて、変なこと言わないでください!!」
マリィの一言に瑞希と静乃が噛み付く。
「……ちょっと功司!!これは一体、どーゆーこと!?」
状況が飲み込めないのか、瑠羽奈が物凄い剣幕で俺に説明を求めてくる。
「え、えっとだな、つまり……」
俺はこれまでの成り行きを、かいつまんで説明した。
そして説明が終わるや、
「何よそれ!?信じらんない!!ちょっと功司!!あんた女にだらしなすぎ!!」
案の定、逆切れされた。
そしてやっぱりというか、矛先はマリィにも向けられた。
「あんたもあんたよ!あたしを差し置いて、そんな行動とらないで頂戴!!」
「なんであたしが遠慮しなくちゃいけないわけ!?こーゆーのは早い者勝ちですよーだ!」
マリィは瑠羽奈にしかめっ面でベーっと舌を出す。
「それに、あたしは功司君にお嫁さんにいけない身体にされちゃったから、責任とって貰わないと……」
そして恥らいながら、とんでもないことを口走る。
「ちょ、ま、牧村君!不純異性交遊はよくないよ!!」
みこピーは顔を真っ赤にして手を口元に当てる。
「こーうーじー!!」
瑠羽奈は目を釣りあがらせ、全身に殺気を漲らせながら俺に近寄ってくる。
「功司君には指一本触れさせないわ!!」
そこへ、おたまを身構えたマリィが、瑠羽奈に立ちふさがるように、割って入った。
「功司君は、あたしが護ってみせる!!泥棒なんかに功司君の心(ハート)を渡すわけにはいかないんだから!!」
「……あんた、いい度胸ね……その言葉、たっぷり後悔させてあげる!」
瑠羽奈はこめかみをピクつかせながら、マリィに向かって手のひらを振り上げた。